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♪♪♪〜、♪♪♪〜、♪♪♪〜、♪♪♪〜。
携帯の着メロがずっと鳴り続けている。
俺はほとんど手探りでサイドテーブルの上の携帯を手に取った。
発信者名を確認する気力すらなく、とりあえず、受信ボタンを押す。
「おい、吾郎っ!!お前、何、やってんだ?!さっさと来い!!
スタッフもみんな待ってんだぞっ!!」
物凄い剣幕の中居くんの怒鳴り声が、頭の芯まで響いて、更に頭痛が
激しさを増し、吐き気すらもよおしてくる。
・・・・・何て・・・・?来い・・・・?みんな・・待ってる・・・・?
何だっけ・・・・?
うまく働かない思考回路を必死で働かせて、中居くんの言わんとしている
事の意味を推察する。
・・・・今日、何日だっけ・・・・?25?あ、いや・・・26か・・・・
あぁ・・・そう言えば・・・・何か、約束・・・してたような・・・・・
スマスマスタッフと忘年会を兼ねた1日遅れのクリスマスパーティー、だっけ?
「おい!!吾郎っ!!聞いてんのか?!他の約束があった、とかぬかしやがったら、
しょーちしねぇぞ!!」
・・・・・中居くん・・・・頼むよ・・・もう少し、穏やかに喋ってよ・・・・
声に出せない言葉を胸の中で呟く。
「・・・・ごめん。今日、俺、欠席・・・・」
何とか声を絞り出す。
それだけを言うのがやっとだった。
「訳を言え!!訳を!!本気で他に約束がある、とか言ってんじゃねぇだろうな?!」
中居くんのこういう物言いはいつもの事で、普段なら苦笑して済ます所だけど、
熱が40℃近くあって、起き上がれないほど弱ってる時に聞かされるのは、
なかなかにつらいものがある。
「・・・・体調、悪くて・・・・」
あんまり心配かけるのも何だから、こまごました説明は避けるけど。
「体調?!あぁ、何か声、聞こえにくいと思ったら、電波のせいじゃねぇのか。
何、どした?どんな具合なんだよ?」
途端に中居くんの声が静かになった。
「・・・風邪・・・かな?少し、熱、ある感じ・・・けど、そんな大した事
ないから。みんなに謝っといて。スタッフさん達にも・・・楽しんで来て
下さい。それじゃ・・・・・」
俺は必要な事だけ口にすると、中居くんの返事を待たずに終了ボタンを押した。
携帯を耳元に当てて支えているだけでも、腕がだるくて、そのままベッドの
上に投げ出すようにして落ちた腕から携帯が零れ、軽くバウンドしてベッドの
下に転がった。
「中居、吾郎、何て?」
携帯を切った途端、木村が顔を覗き込んで来る。
「欠席、だとよ」
「何で?」
間髪置かずに発せられた問いには、不機嫌さと不安が入り混じっていて、
その実、顔は怒っているのか、戸惑っているのか良く分からない複雑な
表情だった。
「風邪、とか言ってたぞ。熱が少しあるんだと。楽しんで来て下さい、だってよ」
最後の言葉は慎吾や剛にも向けて。
「珍しいね、ゴロちゃんが風邪なんてさ。鬼の霍乱?」
「だよね?健康管理には人一倍、気、使ってそうだし、実際、見た目よりは
全然、体力もあるのにね?」
今のセリフは慎吾と剛なりの心配の仕方、と言う事にしとくとして、だ。
問題はこいつ、だな・・・・
楽しんで来て下さいっつわれたって、楽しめねぇだろーなぁ、この調子じゃ・・・
俺は既に心ここに在らず、といった雰囲気バリバリの木村の横顔に、そう思う。
「スタッフ、待たせてっし、行くべ」
慎吾に剛、もちろん、木村にも声をかけて、待ち合わせ場所にもなっている
宴会場に向かう。
「吾郎、どんな様子だった?」
歩いてる最中もしきりと木村はその事を聞きたがる。
「どんなって・・・声が掠れてて聞き取りにくかったな。てっきり、どっかの
店の中で綺麗なお姉ちゃんとでも一緒に居て、それで電波が入りにくいだけかと
思ったんだけどな」
わざわざ丁寧に説明してやってんのに、後の方のセリフは全然、聞いてねぇな、
こいつ。
「ちゃんと、薬、飲んだって言ってたか?メシは?食ったみたいだったか?
もし、風邪じゃなかったら、どーすんだよ?医者には診せたんだろうなぁ?」
俺の肩を掴んだまま、まるで吾郎本人を問い詰めているような勢いで
喋り倒している木村を剛と慎吾が数歩下がった位置から、呆れ顔で見ている。
下二人にそんな表情で見られているなんて事なんぞ、知る由もねぇ木村は
俺からの答えを待っているのか、ジッと俺の目を覗き込んで来る。
俺は吾郎じゃねぇって・・・・
「知るかっ?!本人に聞け!!本人に!!」
肩をしゃくって木村の手を払い落とす。
パッと一瞬、木村の表情に明るさが戻り、速攻で携帯を耳に当てている。
・・・・・素早いヤツ・・・・・
そして、携帯を耳に当てたままの木村の顔がだんだん血の気を失って行く。
「・・・・出ねぇぞ・・・・」
木村の口から零れた声が低く掠れる。
「寝てんじゃねぇの?」
そんなに深刻に心配するほどの事でもねぇって。
ほんとはそう言ってやりてぇが、どんな反応が返って来るか分かんねぇから、
こえぇし・・・・
吾郎の事となると理性がぶっ飛んでると判断しといて、間違いねぇかんな。
「電話に出られねぇぐらい、寝るか?ふつー・・・・」
いや、だから、今はふつーじゃねぇから。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、木村くん。ゴロちゃんがさ、楽しんで
来てって言ったんだから、楽しまないと!!」
すげー・・・・
今の木村にそう言えるお前は偉いよ、慎吾。
能天気にのたまった慎吾を、木村が半目で睨みつけた事は言うまでもねぇか、
この場合。
そうこうしているうちにも、どんどん悪い方へ悪い方へと想像を膨らませている
らしい木村の肘の辺りを掴んで、こっちを向かせる。
「分かってんだろーけど・・・・」
一応、そう前置きをして。
「俺らだけじゃねぇんだからな、今日、集まんのは。俺らだけだったら、おめぇが
どうしよーと、おめぇの勝手だけどな、今日はそういう訳には行かねぇからな」
木村がそう言った俺にまっすぐ目を当てたまま、眉を寄せ、ふいっと視線を
逸らせた。
都合悪くなると視線逸らす癖、直んねぇな、こいつも。
「・・・・何で電話、出ねぇんだよ・・・・」
木村の声が心臓に刺さった気がして、少しだけ痛かった。
宴会場に入り、会が始まってからも、木村は5分置きに会場を抜け出しては、
吾郎に電話を掛けに行っているらしかった。
しょっちゅう、しょっちゅう姿が見えなくなる木村に代わって、俺や剛や
慎吾がいつも以上にスタッフさん達に気を遣った事は言うまでもねぇけど、
吾郎が居ない事に気づいたスタッフさん達が「あぁ・・・・」と納得して
くれて、俺らは少しだけ救われた気がした。
「木村さん、行かせてあげて下さいよ」
スタッフさん達の中でも年長の人からそう言われて、俺は苦笑するしかなかった。
「すいません・・・・」
「何か、こっちまで落ち着かなくて。吾郎さんの様子も心配ですしね」
他のスタッフさんもそんな風に言葉を添えてくれる。
「はぁ・・・・・」
会場全体にそんな空気が流れている事に気づいた俺は、仕方なく木村にその事を
申し渡した。
「吾郎の様子、見て来い。で、連絡、入れろ。スタッフさん達も心配してくれてっから」
俺のセリフが最後まで木村の耳に届いたのか、定かではなかった。
それぐらい、その事を伝えた時の木村の行動は素早かった。
「俺が怒られますって。俺でも勝手に玄関の鍵、開けると怒られるんですから」
「そんじゃ、吾郎がもし、中で死んでたら、あなた、責任取ってくれます?」
「・・・・そんな大袈裟な・・・・」
渋る吾郎のマネージャーを半ば、脅迫するようにして、鍵を受け取る。
だって、おかしいだろ?電話に出ねぇんだぞ?
あり得ねぇじゃん。吾郎だぞ?
中居とかだったら、シカトこいてる、とか、ありそうだけど、吾郎、だぞ?
って事は、電話に出れねぇぐらい、ヤバイ状態って事じゃねぇの?
吾郎のマンションに着くまでにこっちが事故ったらお終いだとは思ったが、
それでもアクセルを踏み込む足に込もる力を、俺はどうする事も出来ずにいた。
一応、玄関でチャイムを鳴らし・・・
当然の如く、応答はなく・・・・
鍵を開けて中に入る。
誰も人が居ねぇみたいに辺りは真っ暗で、ちょっとビビる。
人気と火の気のない室内は酷くヒンヤリしていて、否が応にも、嫌な予感を
かき立てる。
確か・・・・寝室はこっち、だったよな・・・・
メンバー同士と言っても、互いの家を行き来する事などほとんどと言っても
いいぐらいねぇから、ずっと以前、引越ししたばっかりの頃に一度だけ
来た時の記憶を必死に辿る。
っつっても、いざとなりゃ、どのドアでも開けまくるだけの話なんだけどな。
部屋の明かりを順々に灯して行きながら、目的の部屋を目指す。
・・・・コンコン・・・・
極、低くノックの音をさせてみる。
突然、ドアを開けたりして、もし吾郎が起きてたとしたら、驚かす事、この上ねぇし。
けれど、部屋の中からは何の反応もない。
・・・・ほんとに居るんだろうな・・・・
不安になって、そっとドアを開けてみると、確かにベッドには人の寝ている
形跡がある。
掛け布団を体に巻きつけるようにして、ネコのように丸まって眠っているその
横顔を覗き込んで、漸く、少しだけ安心する。
顔色はわりぃけど・・・・ちゃんと生きてんじゃん・・・・
汗で額に張り付いた前髪をそっと除けて、手を当ててみる。
あっつ・・・・
やべぇ。やべぇよ、マジ、熱いじゃん。
一体、どんだけ熱あんだよ?!
中居のヤツ、熱は少しつってなかったか?
少しどこじゃねぇじゃん?!
体温計とか、どこよ?
暗がりの中であちこち視線を走らせるが、それらしいものは目に留まらない。
と、突然。
ゴホッ!!ゴホゴホ・・・・
丸まっていた体をさらに小さくするようにして、吾郎が激しく咳き込み、
慌てて背中をさすってやる。
吾郎は咳き込みながら、驚いたようにこちらを伺おうとする。
「俺だって」
何度も背中に手を滑らせながら、安心させるように声をかける。
「・・・・木村・・・・くん・・・・?」
なんとか咳が収まり、呼吸を整えてから、吾郎が弱く声を発した。
「・・・何でここに木村くんが居んの・・・?」
あやふやな口調が危なっかしくてしょうがねぇ。
「リーダー命令。様子、見て来いって。スタッフさん達もみんな心配して
くれてっからって」
「・・・・あぁ・・・・」
ボンヤリした様子で一言だけ呟いた吾郎が、ゆっくりと息を吐き出して
俺に視線を合わせる。
「中居くん、怒ってたでしょ?タイミング悪いよね。風邪なんてさ、本当に
滅多にひかないのに、よりにもよってこういう時にさ・・・・・」
酷く弱々しい声で言葉を洩らしながら、一緒に溜息も吐き出す。
「・・・・木村くんもごめんね・・・・俺のせいでさ、せっかくのクリスマス
パーティーだったのに・・・・・」
熱で潤んだ吾郎の瞳がゆるゆると頼りなく揺れて、俺は胸が詰まる。
「ばーか。仕事に穴開けた訳じゃねぇんだから、そんな、気にすんなって」
汗のせいでいつもにも増してきゅるきゅるになっている髪に少しだけ指先を
潜り込ませ、軽く髪を揺らしながら、なるべく吾郎を安心させるように
俺は小さく笑みを浮かべてみせる。
ここ暫く生放送の特番とかが続いてたせいなのか・・・・?
一緒に仕事してた時間は結構、長かったはずなのに、こんな風に寝込むまで
調子が悪い事に気付けなかったなんて、考えらんねぇ・・・・とか思いつつ、
自分の迂闊さに腹が立つ。
「けど・・・・こんなになるまで何で何も言わねぇんだよ?」
そして、その腹立たしさが吾郎にまで飛び火する。
理不尽だとは十分承知していても、止められねぇ・・・・
「・・・・ごめん・・・」
申し訳なさそうに目を伏せて、吾郎は布団の中に潜り込もうとする。
「熱は?計った?薬は?メシとか、ちゃんと食ってんの?医者は?1回ぐらい
ちゃんと診せとかねぇとダメだぞ」
掛け布団の中に潜り込めないように、布団を手で押さえておいて、矢継ぎ早に
質問を浴びせる。
ちょっとだけ困ったように眉を寄せて俺を見上げた吾郎が、諦めたように溜息を
つく。
「・・・熱は計ってないよ。・・・薬は一応、飲んだ。・・・夕飯はまだ。
・・・医者はいいよ。寝てれば治るって・・・・」
思ってたよりも遥かにちゃんとした答えが返って来て、俺は口端だけで笑う。
「体温計、どこ?中居達にもちゃんと報告しねぇとな」
「・・・・・リビングのサイドボードの引き出しの中、だけどさ・・・・」
説明しても分からないと思うけど・・・・と言いたげな雰囲気をありありと
匂わせて、吾郎は口篭もった。
「適当に探すぞ?」
「・・・・・・どうぞ」
呟いて吾郎は静かに目を伏せた。
サイドボードの引き出しはわりときちんと整理してあって、目的の物はすぐに
見つける事が出来た。
すぐに寝室に取って戻って、吾郎に体温計を渡そうとして・・・・・
俺がこの部屋に入って来た時と同じ態勢で、吾郎は眠っていた。
熱のせいで少し苦しげに浅い呼吸を繰り返し、時折、思い出したように咳込んだり
しながら・・・・
・・・・ったく・・・・心配させんなよ・・・・
吾郎を起こさないようにそっとベッドの端に腰を下ろし、中居達には何て報告
するかな・・・・なんて事も考えつつ、俺はこんな事でもない限りお目に
かかる事はないだろう、無防備な吾郎の寝顔を少しの間だけ鑑賞する。
解熱シートに・・・・アルカリイオン飲料だろ・・・メシ、まだっつってたな・・・
栄養があって、体があったまって、消化のいいもん・・・・
あれやこれやと頭の中に浮かぶ事を行動に移すべく、俺は静かに腰を上げた。
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