「いいねぇ、こういうの」
ホンワリと溜息をつくように、吾郎の口から零れたその呟きが事の発端だった。
吾郎がこの言葉を呟いたのは、テレビのワイドショーか何かに映った映像が
原因だったような気がすんだけど・・・・
チラリとその映像に目をやり、俺は複雑な気分になる。
吾郎の希望する事はなるべく叶えてやりたいとは思うんだけどな・・・・
この時期にあの場所っていうのは、俺ら、職業柄と言うか、知名度と言うか、
の点で、すっげー無理があるような気がするんだよな・・・・・
・・・・ったく・・・・
子供の頃からやってきて、いい加減慣れてはきているものの、こういう
時だけは、少しだけ、こういう職業が恨めしく思える事もなくはなかったり
する。
それ以上に遥かに大きなプラス面がある事は当然の事ではあるけれど。
・・・・・神戸だろ?
カーナビで検索をかけて、大体の距離と時間を想定する。
けれど、当日は当然、かなり混雑することは必死だから・・・・
1日で帰って来れんのか?
そんな不安まで湧いて来る。
貫徹覚悟で帰って来るしかねぇか・・・・・
スマスマの収録の合間に、前室へ戻ってからも、あれやこれやと思いを巡らし、
考え込んでいる俺を、慎吾が不思議そうに横目で見ながら、それでも、さわらぬ
神に祟りなし、とばかり、シカトを決めこんでいる。
『24日か25日、どっちか空いてる?』
メールで吾郎に打診してみる。
『24日は無理。25日は空いてるけど?』
24日はイブだからな。デートか・・・・どっかのパーティーか・・・って
とこか。
そりゃまぁ、もしかしたら仕事かもしんねぇけどな。
『25日、空けといて』
『何?』
『今は秘密』
『・・・・了解』
吾郎と何か約束する時には、必ず、はっきり、いつ、どこでって決めておかないと
とんでもない事になるからな。
こんなんだったら、いいと思わねぇ?
けど、忙しかったら、とか、疲れてたらダメだけどよ。
けど、こうしたいじゃん?
って感じの話で、俺は十分に吾郎を誘ってるつもりなんだが、当の吾郎は
その時は「うん、そうだね」なんて同意していても、肝心の当日になると
「約束してない」と断言して、全然、お構いなしだからな。
大阪のツアーの時は、マジで・・・・
思い出すと沈み込みそうなので、やめとくか・・・・
だから、吾郎の気に入りそうな店を見つけた時には、自宅まで送り迎えつきで
付き合わせたくらいだからな。
それぐらいやらないと、吾郎を連れ出すって言うのは至難の技なんだよな。
「で?この車は今、どこに向かってんの?」
シートを思いっきり後ろへ倒して、マフラーと帽子にほとんど顔を埋める
ようにして、吾郎が呟く。
「車ん中なんだからさ、とれば?それ」
帽子とマフラーを指して。
「だってさ、木村くんが巻いたんじゃんよ。折角、髪もセットしたのにさ、
帽子まで被せるしさ。この上、眼鏡ってどういうんだよ?これでマスクなんか
した日にはさ、変質者とかに間違われちゃうよ!」
かなり不機嫌モードで吾郎が上目使いに睨んでくるのを、視線で感じる。
「眼鏡はいい加減、必需品だろ、お前にとっては。お前、気づいてない事
多いんだろうけど、結構、俺の事でもシカトしてる事、多いぞ。俺の事にも
気づかないって事は、他のあんまし馴染みのない人の事とかはもっと、見逃してる
って事なんだからさ。人間関係、悪くすんぞ、そんなんじゃ」
「心配してくれてありがとう。けど、木村くんは見え過ぎるんだよ。普通の人は
もっと近づかないと気づかないから。俺が眼鏡かけてる方が相手の人は驚くと
思うけど」
うまく話が逸れた・・・・・
「何かCD、聴く?」
「うん。適当にかけて」
「OK」
ランダムにCDを放りこんで、流れ始めた曲は『La La La Love Song』。
プッと吾郎が吹き出す。
「お互い、自分のドラマの主題化、セレクトするなんてさ」
どうやら某番組の事を思い出したらしい吾郎が、クスクスと可笑しそうに笑い
声を立てる。
「みんなさ、信じらんない曲ばっか、セレクトするんだもん。笑ったよね。
俺とか木村くんなんか、まだ普通じゃん。中居くんとかさ、スリラーだよ?!
あり得ないよね?松さんのツボにははまってたみたいだったけど」
とか言いながら、一旦ツボにはまると、吾郎はいつまでも笑い続けている。
そんなに何が可笑しいの?
と突っ込みたくなるのを堪えて、車中に満ちる心地よい声と、時折、視線の
隅で捉える笑顔に、俺は含み笑いを洩らす。
ひとしきりその時の話で盛り上がったものの、話題が尽きてからは、また、
ヒンヤリとした空気が車内に満ち、車の温度まで下げてくれてる気がする。
「・・・・・関西方面?」
標識の文字を読み取って、吾郎が少し眉を顰める。
「随分、遠出するんだね?」
目的の場所が近づくにつれて、混雑はどんどん酷くなる一方で、かなりの
時間、同じ態勢で車中にいるせいか、吾郎の機嫌は限りなく不機嫌に近づいて
行く。
行き先も分からず、長時間、車の中に閉じ込められていれば、幾ら気の長い
人間でも機嫌を損ねる事は、当然の事で、吾郎は決して、気が長い方でもないし。
これでも、相当、本人は苦痛を押し隠して、俺に付き合ってくれてるんだろうと
容易に想像がつくだけに、せめて行き先だけでも教えてしまおうか、という
誘惑に駆られる。
けど・・・・・折角、ここまで来たのにな。
目的の場所まではほんとにもうちょっとなんだし。
そして、俺はなるべく吾郎が気に入りそうな話題をせっせと提供する事で
なんとかその場を凌いでいた。
「ほい。到着」
俺の声に吾郎が胡散臭そうに顔を上げる。
そして、その顔に見る間に驚きと、笑みが広がって行く。
「これって、いつかのテレビの・・・・・」
子供みたいにクルクルと目を動かして、辺りにせわしなく視線を行き来させる
様は、見ていて面白い。
「神戸だったんだ?」
・・・・・え?
信じ難いセリフを聞いた気がして、一瞬、体がフリーズする。
「お前、ここに来たかったんじゃねぇの?」
「え?俺、そんな事言ってないよ。いいなぁ、って思っただけだもん。
こういう幻想的な雰囲気って、何かムードがあっていいよねって」
吾郎の声が不思議そうな響きを帯びる。
「あぁ、でもさ、実際にこうして目で見るとさ、全然、いいよね。凄い迫って
くるモノがあるって言うの?」
けれど、少し興奮気味にそんな風につけ加えられて、俺のフリーズはまた、
一瞬にして溶けた。
「ここに来るからなんだ?帽子とマフラーと眼鏡」
漸く納得がいった、と言う風に苦笑する吾郎に
「悪かったな、何も言わなくて」
視線を逸らせて呟いた俺の目の前に、悪戯っぽい笑顔が飛び込んでくる。
「俺を驚かせたかったんだ?」
「ちげーよ」
無駄なのは分かってても、一応は否定しておく。
「けどさ、ここに来るんだったらさ、新幹線とか電車の方が楽だったんじゃ
ないの?運転、大変だったでしょ?言ってくれれば、俺も運転変わったのに。
帰りは俺、運転しようか?」
やや心配げに瞳を曇らせて俺の顔を覗き込むその頭を、少し強引に抱え込んで。
「俺が連れてきたかったんだから、それでいいの!」
わざと表情を読ませないようにして言いきる。
ジタバタと暴れる吾郎から手を離して、溢れかえる人並みの中に紛れるようにして
幻想的な光の洪水の中に二人して、入り込んで行く。
「それにしても・・・・凄い人だね?」
通勤通学の満員電車とかを経験した事のない俺にとっては、全く見ず知らずの
人とこんな風に間近で接触するなんていう経験は、ついぞなくて、その息苦しさや
圧迫感に、恐怖感すら覚える。
隣の木村くんが何の反応もしてくれなくて、ちょっとビックリして横を向いたら、
そこには全然、知らない人が立っていて。
・・・・・え?あれ?木村くんは?!
つい、今の今までここに居たと思ってたのに。
ちょっと?!どこ、行っちゃったんだよ?!
慌てて辺りを見回すけど、それらしい人影は見えない。
第一、俺達って分かりにくいように普段ならあり得ない格好をして来てる訳
だから、逆に言うと自分達にとっても、分かりにくいっていう事と同じで。
「・・・・木・・・っ!!」
声に出しかけて、慌てて言葉を飲み込む。
木村くんっ!!って叫ぶ訳には行かないよねぇ?!幾ら何でも・・・・
どうすればいいんだよ?!
俺はパニくってヒスを起こしかける。
その時、不意に凄い力で肩を掴まれて。
ビックリして振り返ると、荒い息を弾ませ、膝に手をついて俯いている木村くんの
背中があった。
「・・・・居・・・た・・・・」
途切れ途切れに出された声が人込みに紛れて、流されて行く。
木村くんの口元から零れる息が白く弾んで、けれど、木村くんは額から汗を
滴らせている。
・・・・確か・・・・
ジャケットの内ポケットを探って、ハンカチを取り出し、木村くんの額の汗を
拭う。
「・・・・サンキュ・・・・」
まだ少し苦しそうな息の下で、それでも木村くんは照れたように笑った。
「・・・ったく!!何で突然、いなくなる訳?!」
やっと呼吸が整った木村くんの第一声はそれだった。
それはこっちのセリフだけど・・・・
とは思いはしたけれど、必死になって探してくれたらしい木村くんに
そんな事は言えないよね、やっぱり。
「・・・・ごめん」
多少不本意ではあるけれど、この場はやっぱり俺が頭を下げるべき?
そして、ふと、気づいたらいつもビストロで結果を待つ時みたいに、
木村くんの手が俺の手をギュッと握っていた。
「こうしてれば、もうはぐれる事、ねぇだろ?」
・・・・・まぁ、そうだけど・・・・
「それにしても、冷てぇなぁ、お前の手!!」
寒そうに木村くんが肩を竦める。
「あぁ、うん。手袋してたんだけどね、最初は。気づいたら途中で片方、
なくなっちゃってた」
俺のセリフに木村くんは心底、呆れたように暫くの間、ボーッと俺の顔を
見ていたけれど
「しゃーねーな・・・・」
と低く呟いて、俺の手を握ったままコートのポケットに手を突っ込んだ。
「こうすればあったかいじゃん」
前を向いたまま木村くんが呟く。
「・・・・・うん・・・・」
そんな木村くんの横顔に頷いて。
普段、木村くんを照らし出しているライトとはまた、全く違った光に彩られた
木村くんの横顔がいつもにも増して、カッコ良く見えて、俺は気がつくと
光の織り成す幻想的なマジックよりも、木村くんの顔ばかり見ていた。
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