額に指先が触れる感覚・・・・・
細くて・・・・ちょっとヒンヤリして・・・・
熱で浮かされた俺の意識の中で、その指先が懐かしい面影と重なる。
ほとんど無意識に俺の手は、その指先をしっかりと握っていた。
「・・・・あ、気がついた?」
耳触りの良い柔らかな声が耳元でする。
・・・・・・けど。男の声・・・・・
「・・・・吾郎・・・・?」
聞き慣れたメンバーの声。だから、聞き違える事はない。
「そう。・・・・けど、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃんよ」
吾郎は幾らか子供っぽく拗ねてみせる。
「嫌そうな顔なんか、してねぇだろ・・・・・」
もちろん、全然そんな意識はなかった。
「・・・・そう?なんかガッカリしたような顔したよ?俺だって
気付いた時。本当は誰だと思ったの?」
声を顰めて吾郎が耳元で囁く。
悪戯っぽい笑顔で俺の顔を正面から覗き込みながら。
「・・・・バ・・・!!誰でもねぇよ!!」
反射的に露骨に反応してしまってから、バツが悪くなって、慌てて
吾郎から顔を背けた。
・・・・・これだから・・・・・こいつの事、苦手なんだよな・・・・
独りごちる。
人の事なんて全然興味ないような顔して、そのくせ、僅かな表情の違いまで
読み取って。
人に警戒心を起こさせる前に、その人間の心の中に入り込んでしまう。
しかも、ごく、自然に。
酷く生意気で、わがままで、なのに、結局、メンバー全員から、なんだかんだと
可愛がられているのは、もう、これは持って生まれた天性の才能としか説明の
しようがない。
そして、俺も・・・・
やりにくいとかなんとか言いながら、結局、こいつのわがままに付き合ってたり
するんだから、時たま、他のヤツに示しがつかねぇ・・・とか思って。
突き放そうとしても、結局・・・・
「ふうん・・・・ま、いいんだけどね。中居くんが弱気になってる時に
思い浮かべる人の顔って、誰なのかなぁ・・・なんて思ってさ」
吾郎は小さく息をついて肩を竦める。
相変わらず微笑っているけれど、その瞳には微かな影が落ちていた。
「ところでさ」
ふと気付いたように。
吾郎の顔に再び悪戯っぽい笑顔が浮かぶ。
「手、放して貰えると嬉しいんだけど」
言われて初めて、ずっと吾郎の指先を握り締めていた事に気付く。
カーッと顔が火照ってくるのは、絶対に熱のせいじゃねぇ事ぐれぇは
百も承知で。
「中居くんが気付いた事、木村くん達に知らせて来ないと。みんな、心配
してるから」
心配・・・・という言葉が胸に突き刺さる。
ただの風邪。全然大した事ねぇ・・・
そう思って、とりあえず風邪薬だけは飲んで臨んだスマスマの収録。
コントの大体の流れを頭の中に叩き込んで本番。
セリフの細かい所は適当。詰まった時はアドリブで切り抜ける。
「・・・・だよね」
吾郎のセリフの後、一瞬、頭が真っ白になり、パッと閃いたアドリブで返す。
案の定、吾郎はちょっと、固まり、苦笑して、それでも、台本通りのセリフを
返して来た。
ほんっと、アドリブの利かねぇヤツ。
横でいつも共演してくれてる女優さんも苦笑してる。
おめぇ、何年コントやってんだよ!!
いい加減、アドリブにはアドリブで応酬しろ!!
内心で叫びつつ、台本通りに戻ったコントを続ける。
「はい、OKで〜す」
掛けられたスタッフの声に多少、引いてしまい。
おぃおぃ・・・あれでOK出しちゃっていいのかよ・・・・
俺は座っていた椅子から立ち上がろうとして・・・・・
突然、目の前の景気がグニャリ、と変な風に歪んで・・・・
「・・・やっぱり。こんなに熱あるのに・・・・」
呆れたように呟く吾郎の声が、どこか遠い所で聞こえたような気がした。
他の番組の収録中だったら、メンバー全員に速攻で知れ渡る事もなかった
だろうに・・・・
そんな思いと、やっぱり、スマスマの収録中で良かった、と言う思いと。
出来れば、こんな風にぶっ倒れる前に休養を取りたかったし、それ以前に
体調管理にもう少し気をつけていれば良かったのかも知んねぇけど。
そんな時間も気力も、もう随分前から失せていたような気がする。
「収録、どうなった?」
「マネージャーがちゃんと調整してくれてるよ。心配しなくても。大体、
中居くん、それでなくても忙しいのに、コント立て続けじゃない。そりゃ、
ファンのコ達は中居くんのコントも楽しみにしてるんだろうけど・・・・・」
吾郎は不満げにブツブツと呟く。
「お前のコント、笑えねぇもんな」
「酷いね、その言い方。中居くん、体調悪そうだったから、わざと、アドリブ
入れないで台本通りのコントやったのに」
「なんだよ、それ。自分がアドリブに弱いの、俺のせいにすんな」
俺はちょっと苦笑する。
「違うよ。あそこで俺までアドリブ入れちゃったら、中居くんの事だからさ、
また、悪ふざけして、どんどん収録長引いちゃうじゃん」
・・・・・そりゃ、そうだけどな。
見抜かれてるな。
そう思うが口には出さねぇ。
「スタッフにも前もって根回ししといたんだからね。よっぽど酷くない限り
一発OKにして下さいって」
「・・・・なんだよ、それ」
聞き捨てなんねぇ吾郎のセリフに俺は眉を顰める。
木村だったら、反抗的に睨み返すような。
剛や慎吾だったら、ちょっと、ビビって目を伏せるような。
だてにリーダーやってる訳じゃねぇ!みてぇな、鋭い視線で。
けど、コイツだけは・・・・
反応、うっすい、っつーか。
平然として
「睨んだってダメだからね。中居くん、自分で自分の体調がどれぐらいヤバイか
イマイチ、分かってないとこ、あるから。忙しいんだろうけどさ。もう少し、
自分の体の事も心配してあげなよ。メンバーの心配とか、番組の心配ばっか
してないでさ」
なんて、偉そうに説教し始めたりしやがって。
「・・・・・うっせーよ・・・・」
俺は、それまでずっと、放せずにいた手を漸く解いて、体ごと吾郎から背け。
「中居くんがみんなの事、心配するのと同じように、みんなだって中居くんの
事、心配してるんだからね」
分かりきった事を念押しして、吾郎が立ち上がる気配がした。
「・・・・・行くな」
「は?」
「・・・・行くな、つったの」
俺はもう一度、吾郎の方へ体の向きを変える。
「・・・・中居くん・・・・人の話、聞いてる?」
吾郎のちょっと、困ったような呆れたような目がジッと俺を見詰めている。
まるで、俺の本心がどこにあるのか、探り出そうとするかのように。
「木村くん達が心配してるから、気がついた事、知らせて来るだけだよ」
「まぁ、木村達にはもうちょっと黙っててもいいべ」
「やだよ。なんですぐに知らせなかったんだって、俺が怒られるじゃん」
「まだ、気付いてない事にすりゃいいべ」
「なんでよ」
吾郎の目が駄々っ子を見る時の、それに変わる。
「なんででも」
俺もそれに応えるように、わざとらしく子供っぽい顔を作ったら。
不意に吾郎の顔に弾けるような笑顔が浮かんだ。
・・・・可愛いんだよな・・・・
32になる男を捉まえて、言うセリフでもないけど。
こいつをクール路線で売ってたのが、今でも不思議だよな。
メンバーの中で一番、クールから遠い所にいる気がすんだけど。
ボケッとそんな事を考えているうちに、吾郎はサッサと部屋から出て行った。
リーダーの言うことより、「木村くん」の言うことなんだからな・・・・
苦笑して急にシン・・・と静まり返った空間に軽く舌打ちする。
部屋の温度がグッと下がった気がして、俺は布団をすっぽりと頭の上まで
引き上げて、真っ暗な空間で再び、静かに目を閉じた。
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