日本語には『偶然』って言葉があって、それはこの世の中に厳然と存在
していて。
そういう事を感じる瞬間っていうのは、日常、意外に転がってるもんでも
あんだけど。
それでも、これは奇跡に近いんじゃねぇの?とか。
運命かも知んねぇ、とか。
そんな風に感じちまう事だってあるわけで。
サーフィン仲間のうちの一人が結婚するってんで、お祝いにちょっと小洒落た
ラグかなんかねぇかなって。
不意に思い立ってふらりと出掛けた家具屋。
車のクーラーをガンガン効かせてても、道路の向こうに立ち上って見える
陽炎に暑さを感じる。
別に夏は嫌いじゃねぇし。
ガンガンに暑けりゃ暑いで、よし、やったろうじゃん!!って訳もなく
リキ入っちまう事とかもあって。
この季節は混むからボード抱えて海に出るのも、ちょっと億劫だったりも
すっけど、それでも、海、行きてぇ!!とかソーゼツに思ったりとかして。
目的の家具屋が見えて来て、駐車場に車を滑り込ませ、ヒンヤリとした
少し湿った地下の空気を吸い込んで、ちょっと息をつく。
夏でもこういう所はヒンヤリしてて、それは冷房とか作り物の涼しさじゃなくて
たまたま、上手く造られた自然の涼しさで。
なんとなく、ホッとすんのは気のせいなんかも知んねぇけど。
1階から5階まであるフロアは広々としていて、なんとなくぶらぶらと見て
歩くのには適してはいるよな。
目的のモノを探すのには、広過ぎてちょっと大変って難点がねぇ訳でもねぇけど。
それでも、ゆったりとした店内はそこここに寛げるスペースとかも設けられて
いて、アクセクと目的のモノだけを買い漁る買い物じゃなくて、落ち着いて、
じっくりといいモノを選ぶために時間を掛ける、そういう買い方がふさわしい
ような店で。
吾郎が好きっつってなかったっけか、この店。
確か、ここだったよな。
前に何かの拍子に話してて、「いい家具屋さんがあるんだよね。結構、お気に
入りかも知んない」って言ってんのを聞いて「どこよ?」って質問したら、
俺も割と良く行ってる店で。
「おぅ、あそこな」なんて盛り上がった事、あったっけ。
んな事を考えながら、ぶらぶらと店の中を歩いてたら。
見覚えのある後ろ姿が視界の隅を掠めて。
たった今、そいつの事を考えてたから、良く似た人間をそんな風に見間違えたん
だろうと。
だって、あり得ねぇじゃん。
そんな偶然。
幾ら、同じ東京に住んでるからって。
幾ら、行き付けの家具屋がおんなじだからって。
全く示し合わせた訳でもなんでもなく。
本当の偶然でもって、出会う、なんて。
そんなの奇跡だろ。
って思って。
そんでも、ちょっと、気になって少し離れた所から何気なくその人間の様子、
見てたら・・・・
やっぱ、そうかも知んねぇって気になって。
「吾郎?」
少し離れた位置から、後ろ姿に声、掛けて見たら、ビックリしたように
振り返ってきょろきょろと辺りに視線を飛ばし。
俺と目が合って。
なんだ、やっぱ、吾郎なんじゃん。とか思って近付こうとしたら、いきなり。
いきなり俺に背中向けて、逃げるように足早に俺から遠ざかって行く。
「おいっ!!ちょ!!吾郎!」
店の中にも関わらず、思わずマジで声、張り上げちまって。
今、思い出せば赤面モンだけど。カッコ悪くて。
けど、そん時は、ただ、驚いて。
なんで逃げんだよ?!
なんで逃げる訳?!
俺、何かしたか?お前に。
ってクエスチョンマーク、頭の中に飛び捲くりで。
スタスタと足早ではあったけど、走ってはなかったから追いつくのは全然、
楽勝で。
腕を掴んで後ろに引いて、そのまま、ほとんど倒れ込んで来た形の吾郎を、
背中からガッチリ羽交い締めにして。
「なんで?」
頬に触れるクセっ毛がちょっとくすぐってぇ、とか思いつつ。
吾郎の背中にグッと体重を預けて。
「なんで逃げるのかなぁ、稲垣吾郎くん?」
フルネームで呼んでやると、漸く観念したように少し首を捻って、俺の顔を見、
「会いたくなかったからに決まってるでしょ」
うんざりしたような、諦めたような口調が返って来た。
会いたくなかった・・・って・・・
会いたくなかったってか?
そりゃ、悪かったな。
グワン!と脳天に一発食らったような衝撃に呆然となってると
「こんな格好してるとこ、メンバーに見られたくなかったのに・・・・・・」
洩れた溜息と共に、吾郎の低い声が耳に届く。
・・・・こんな格好・・・っつわれて初めて。
どんな格好してんだよって。
吾郎の体に回していた腕を解いて、少しだけ距離を置いて改めて吾郎を見る。
薄いベージュのチノの短パンに、白っぽいパーカー。インナーは黒で胸元に
少しメッシュの入ったタンクトップ?か、Tシャツかも知んねぇけど。
別に逃げ出すほど変な格好でもねぇじゃん。
「別に変じゃねぇだろ?」
「こういうラフな格好してるとこ、メンバーに見られたくなかったんだよ」
吾郎は微妙な不機嫌さを漂わせて、俺と視線を合わせないようにやや顔を伏せ
気味にして、俺の足元に視線を漂わせている。
「メンバーにって・・・他のヤツならいいのかよ?そういう格好で出歩いてて
普通に人に見られてんだぞ。他の人間なら良くてメンバーだとダメなのかよ」
その理屈がイマイチ理解出来なくて。
「知らない人の事までいちいち気にしたりしないけど、知ってる人の前だと、
やっぱ、それなりに気、遣うじゃん。きちんとしてたいって言うか」
らしいのか、らしくないのかイマイチ良く分かんねぇその言い分を、取り敢えず、
俺は尊重する事にして。
「一人か?」
「誰か連れが居るように見える?」
「待ち合わせとかしてんのか、っつー話」
「別に。木村くんこそ、一人なの?」
「おぅ。ちょうど喉乾いたって思ってたとこなんだよな。何か飲まねぇ?」
「買い物はいいの?用事は済んだ?」
「急ぐ用でもねぇし。何、お前、急ぐ?」
「そんな事ないけど」
「んじゃ、いいじゃん。何か飲みに行こうぜ」
「・・・・・・そうだね」
優に数十秒は考えて吾郎はこくん、と頷いた。
「んだよ、そのビ・ミョーなマは。何か不満?」
「まさか。とぉんでもない。喜んでお供させて頂きますよ」
わざとらしい笑顔で吾郎は首を傾げて見せる。
世の中、ほんとにあるんだよな。こういう奇跡に近い偶然。
これってやっぱ、運命だろって。
隣でフワフワと踊る天パーの髪を視界の隅に留めて。
短パン穿くぐらい暑いんだったら、その暑苦しい重ね着は止めろ、とか思いつつ。
夏の日のムッとするような蒸せ返るほどの暑さの中で、まるで、そこだけが
シールドに守られた特別な空間でもあるかのように、涼しげな空気を漂わせる
不思議な雰囲気に俺は薄い笑みを浮かべて。
思いもかけないラッキーな夏の日の午後に、俺は案外、素直に感謝していた。
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