「吾郎ちゃーん」
楽屋前の廊下で前を歩いてる吾郎ちゃんの名前を呼ぶ。
吾郎ちゃんは何気なく俺の方を振り向いて。
「ちょっと相談、あるんだけど?」
ニコニコとなるべく愛想良く見える笑みを振り撒いて、俺は吾郎ちゃんを覗き込んだ。
「何?」
「今度のビストロの美味しいリアクションでさ、吾郎ちゃんの私物借りてちょっと、面白い
事したいかな、って」
「え?何?何すんの?」
面白い事、と聞いて、すかさず吾郎ちゃんが食らいついて来る。
意外に吾郎ちゃんはこういうノリ、好きなんだよね。
「サンタからのクリスマスプレゼントって事で、吾郎ちゃんの私物、メンバーに配って
歩こうかなって・・・・」
「え?」
「で、俺が最後にサンタ服を脱いだら、吾郎ちゃんの私服着てた、って仕掛け」
「って、お前に俺の私服、着れる訳ないじゃん?!」
突然、吾郎ちゃんはちょっと焦ったように声を荒げて。
「だから面白いんじゃん。そんな事、あり得ないって思ってる事があり得るって
面白いでしょ?」
俺はわざと用意していたニヤニヤ笑いを吾郎ちゃんに見せる。
「まぁ、そうだけど」
「だからさ、吾郎ちゃんの持ってる服の中で、一番緩そうなヤツ、貸してよ」
「・・・・一応、探しては見るけど、お前に着れるようなのなんかないと思うけど?」
それでも、吾郎ちゃんはまだ不安げに言葉を濁していて。
「じゃあさ、もう、金輪際、着る事ないんじゃないか、って思ってるヤツとか。破れても
構わないヤツとか」
「そんなのないよ。第一、ヤだよ。俺の趣味、疑われるじゃん?ちゃんとしたヤツ、持って
来るから」
「でさ、ついでに折角クリスマスだからさ、吾郎ちゃんが仕返しって事でさ、俺の私服、
着るっていう、二段構えの美味しいリアクションっていうのはどう?」
俺の提案に吾郎ちゃんは
「えー?お前の私服、俺に似合わないもん」
と、すかさず拒絶の色を示す。
「それが面白いんじゃない?」
「そっかな?」
「そうだって。吾郎ちゃんが普段、絶対にしなさそうな格好するって、ファンの子達とか
きっと喜ぶよ?」
畳み掛けるように。
ファンの子達、って聞いて迷っていた吾郎ちゃんが
「そうかなぁ?」
と、渋々ながら了解の気配を見せ始めて。
「ぜーったい、ウケるって。ファンサービス、ファンサービス」
強引に押し切られると無碍に断れない性格の吾郎ちゃんは、結局、半分以上俺に押し
切られる形で、その提案を受け入れてくれた。
収録当日。
「慎吾、持って来たよ。1回、着てみな?」
楽屋に顔を覗かせた吾郎ちゃんが紙袋を鏡の前に置く。
「うん」
中身を取り出して早速、袖を通し始める俺を吾郎ちゃんは心配そうに見守る。
「わーーーーっ。ちょっと。ヤバイって。待ってよ、肩口とかめちゃくちゃ、引っ張れてる
じゃん?!だめだって!!腕、前に伸ばすなよ!!破れるっ!!」
半ば悲鳴のようにうるさく喚き散らす吾郎ちゃんの事なんて、完全に視界の片隅にも入って
ないフリで俺は更に、さっさと自分のジーパンを脱ぎ捨て、吾郎ちゃんの持って来たパンツに
足を通し始めた。
「やめろって!!それ以上は上がんないからっ!!ファスナー、壊れるだろっ!!」
俺の手を押さえ込もうと手を伸ばして来る吾郎ちゃんに
「いやーん、吾郎ちゃんったら、えっちぃ!!」
わざとらしく身を捩って、ふざけた口調を届け、焦ったように吾郎ちゃんが手を引っ込めるのを
俺は、してやったり、って感じのニヤニヤ笑いで見遣って。
「え、えっちって何だよっ?!」
微かに顔を赤らめて、それでも自分とほんの少し距離を置いて叫ぶ吾郎ちゃんを楽しげに
見て俺は
「ほら!!ちゃーんと着られるじゃん?俺って凄い!!吾郎ちゃんの私服、着られるんだぁ?!」
自慢するように胸を反らして。
いや、まさか、ほんとに着られるとは思ってなかったし、正直なとこ。
意外に洋服って着ようと思えば、なんとかなるもんなんだぁ・・・・
なんて俺が感慨に耽っている間にも吾郎ちゃんは
「さっさと脱げよっ!!なんか・・・・なんかムカツク」
不貞腐れて俺から顔を背けて、不機嫌そうに声を尖らせる。
そりゃ・・・
吾郎ちゃんにして見れば、俺に吾郎ちゃんの私服が着られるなんて、思ってもみなかった
だろうし、さすがにショックかもね。
「あ、これ、俺の私服、ね?吾郎ちゃんも着て見る?」
「いい。俺は入んの、分かりきってるから」
あっさり、冷たく吾郎ちゃんは言い放って。
「そりゃ、そうだけどさ。んじゃ、中居くんとかスタッフさん達に美味しいリアクション、
振ってくれるように頼んどくからね?」
「うん・・・・」
まだ、イマイチ不満げに吾郎ちゃんは低い声で呟く。
「あ、そうだ。本番ではちゃんと、知らなかった、って顔してよ?驚いてね?」
「素人じゃないんだから、分かってるってそんな事。お前にわざわざ念を押してもらわ
なくても」
益々、不機嫌そうに眉を寄せる吾郎ちゃんに、俺はにっこり笑いかけて。
「みんなの反応、楽しみじゃない?」
そう問われて吾郎ちゃんは、やっと少しだけ表情を和らげて
「ま、ね」
と頷いた。
そうして、本番収録開始。
「メリークリスマス♪ピ・ヨンジュンです。これ、サンタからのクリスマスプレゼントね」
順番に吾郎ちゃんの私物、配って歩いて。
「何だよ、これ?」
「誰んだよ?」
なんて、案の定な反応を示してくれてるみんなに吾郎ちゃんは
「僕の私物ですよ、これ」
「僕の私靴だよ、それ」
と、ちゃんとそれなりに驚いたような焦ったような雰囲気で回収し回って。
木村くんに手渡したドライヤーは、木村くんがなかなか手を離してくれなくて、なかなか
吾郎ちゃんの手元には返らなかったけれど。
「もう!いい加減にしてよ」
びっみょーに芝居がかった吾郎ちゃんのセリフに
「サンタ、もう辞める」
って、サンタの衣装を脱ぎ捨てて。
「あーーーーーっ!!それ、俺のジャケットじゃん!!私服の!!」
って叫んだ後、更に
「うそぉっ!!お前に穿ける訳ないじゃん!!お尻とかムチムチムチムチ・・・・っ!!」
って完全に本番、忘れてんじゃないのっ?!ってキレ具合で吾郎ちゃんが叫んで。
少し呆れたようなゲストさん達の冷たい視線よりも・・・・
俺にヒタ!!と当てられたままの木村くんの視線の方が遙かに痛い。
う・・・・
お願いでーす・・・・そんな目で見ないでくださーい・・・・
余りにも不機嫌ですっ!!って絵に描いたような木村くんの顔に、さすがにカメラさん達は
慣れたもので、絶対にその方向にカメラをパーンさせたりしないから、視聴者の皆さんには
今、木村くんがどんな顔をしているか、なんて事は分からないだろうけど・・・・
その木村くんの余りに恐ろしげな視線に、それでも俺は健気に耐えて、ちゃーんとヨン様
スマイルなんかを浮かべて見せて。
いつもだったら「似てるーーーっ!!」って大絶賛して笑ってくれる木村くんは、今日は
ムスッとはっきり分かるほど、俺を睨みつけていて。
あぁ、そっか・・・・
それでゲストさん達、余計に笑うに笑えないんだ・・・
なんか顔、引き攣ってるのは、木村くんの不機嫌オーラをモロに感じてるから・・・・
面白い思いつきだと思ったんだけどなぁ・・・・
しかも、極めつけ、吾郎ちゃんが俺と同じようにサンタ服で現れたのを見て、木村くんは
一瞬、驚いたように眉を寄せて、さすがにカメラが回っている事を意識したのか、いつも
浮かべているシニカルな笑みを口元に張り付かせた。
「さっき、慎吾くんに私服、着られちゃったんでね」
なんて言いながら、サンタ服を脱いで行く吾郎ちゃんを、その冷たい笑みのまま見守る
木村くんはカメラがパーンして、自分がフレームから外れた瞬間に、凄い顔で俺の事を
睨んで来たり、とかするし。
「すごい、ブカブカですけどねぇ」
ちょっと楽しそうに声を弾ませる吾郎ちゃんを見ようともせず、なんだか、どこを見てる
のか分からない視線で、木村くんはただ、そこに座っていて。
「はい、それじゃ、下に降りてってもらいましょうか」
中居くんのそのセリフに階段を下りて、エセラッパーまがいの事をしてる吾郎ちゃんには、
一瞬も視線をやろうともしない。
って言うより、視界の片隅にさえ留めないようにしているようにさえ見えて。
・・・・・本番中だって忘れてませんかぁ・・・・?
思わず、その目の前で掌をひらひらさせたくなるほど、木村くんは呆然としていた。
そして、判定を聞くために自分の席に吾郎ちゃんが戻って来て、見事、勝利を勝ち取って、
木村くんと吾郎ちゃんは目を見交わせてがっちり握手して見せて。
ゲストの人からお褒めの言葉をもらって
「やったね?」
って、木村くんを見た吾郎ちゃんの肩を、木村くんはグッと力を込めて抱き寄せる。
・・・・にしても・・・・
今日はいやに木村くん、吾郎ちゃんと接触頻度が高いね。
キッチントークの時にも松下さんとの共演話をするのに、吾郎ちゃんの事、抱き締めてたし。
あの二人がメンバー内でも仲良くて有名なのは分かってるけど、にしたって、照れたりとか
しないのかな?
O型同士、スキンシップはそう苦手でもないって言うか、どっちかって言えば好きなんだろう
けど。
・・・・ま、いいんだけどね。今更・・・・・
カットが掛かって、ゲストの人達にお礼を言って見送った後、木村くんはいきなり
吾郎ちゃんの腕を引っ掴んで凄い勢いで楽屋の方に歩いてく。
そんな二人を見送るツヨポンと目が合って。
「吾郎ちゃん、大丈夫かな?」
ツヨポンの心配そうな声が耳に届く。
「何が?」
「だって・・・・木村くん、あれ、怒ってたでしょ?だから・・・吾郎ちゃん、木村くんに
怒られるんじゃない?」
ツヨポンにそう言われて・・・・
確かに。
木村くんは怒ってるみたいに見えた。
で、もし、吾郎ちゃんがそんな木村くんに怒られるんだとしたら、元々の原因は言い出しっぺの
俺にあるんだし。
俺は慌てて二人の後を追っ掛ける。
吾郎ちゃんの楽屋のドアがバーンっ!!って荒々しい音を立てて閉じられて。
二人の姿はその中に消えたみたいで。
俺は、ドアのすぐそばで中の様子に耳をそばだてる。
もし、あんまり酷く吾郎ちゃんが責められるようだったら、やっぱ、俺にも責任あるんだし。
「脱げっ!!」
いきなり鋭い木村くんの声が飛んで。
「・・・・って、言われなくたって脱ぐってば」
吾郎ちゃんはさすがに少し不満げに声を尖らせてる。
「なんで?なんで慎吾の服なんか着る事になったんだよ?」
「え?慎吾がさ、美味しいリアクションで面白そうだからやろう、って言ったから」
「ぜんっぜん、似合わねぇじゃん、お前にそういう格好」
「うん。俺も慎吾にそう言ったんだよ?そしたらね、慎吾が『それが面白いんじゃん』
って言って」
「そういう自分にぜんっぜん似合わないカッコして、テレビ出て、お前、恥ずかしくないの?!」
「あ、まぁ・・・・コントのノリで。コントだともっとどうしようもないカッコするし」
「コントだからだろ、それは。ビストロはコントじゃねぇじゃん」
「そうなんだけど。慎吾がさ、普段、しないような格好して見せたら、ファンの子も
喜ぶって」
「お前、そうやっていいように慎吾に言いくるめられてんだよ。自分でその事、気付けよ!」
「・・・あぁ、そっか・・・・」
「そっか、じゃねぇよっ!!大体、慎吾も慎吾だろ?!吾郎の私服、無理矢理着やがって。
しかも、吾郎にまで自分の服着せて。ネタに詰まってるからって、やるか?!普通。人の
私服、着る、とか!」
・・・・・ヤバ・・・・・
木村くんの怒りの炎がこっちに向かって来てる気がするんですけど・・・・
「あ、まぁさ、ノっちゃった俺も悪いんだし」
木村くんの怒りの空気をまともに感じてるらしい吾郎ちゃんがどうにかフォローらしき
セリフを口にしてくれて。
・・・・あ、ありがとー、吾郎ちゃん・・・・
「そうやって簡単に甘やかすから、ロクでもねぇ事、思いつくんだよ、あいつはっ!!
ちゃんと、きちっとお灸据えてやんねぇとな!!」
妙に楽しげな木村くんの口調が怖い・・・・・
不穏な空気を感じて、そろり、そろり、とドアから離れかけた所へ、閉まった時と同じに
バーンっ!!って擬音つきの勢いでドアが開いて、思わず、直立不動の姿勢になってしまった。
「あ、慎吾、いいとこに居た」
木村くんが何かを言うよりも早く、意外な素早さで吾郎ちゃんが口を開く。
「これ、返すね」
まず、そう言って俺の私服が入ってた紙袋を俺の前に差し出して。
「それから、これ、頼むね?」
もう一つ、自分の私服が入ってる袋も同じく差し出して来る。
意味が分からなくて首を傾げた俺に
「お前、下着の上に直接、着たでしょ?俺の私服。だから、クリーニング頼むね。
ジャケットはカーフだからさ、取り扱いにはくれぐれも注意してもらって。インナーは
型崩れしないように。それから、ジーパン、変な型ついてるみたいだから、ちゃんと
元に戻してもらって。もし、どこか一箇所でも貸した時と違う状態で返って来たら、
お前に買い取ってもらうから。あ、新しいの、買って返してくれてもいいけど?」
吾郎ちゃんは、素敵な笑顔で事細かく指示をしてくれる。
口を挟む隙さえなく、呆然とそのセリフが途切れるのを待って。
「あの・・・・俺のは?」
「あぁ、俺、ビストロの衣装の上からお前の服、着たから。だから、クリーニングに出す
ほどの事もないでしょ?お前、自分で洗濯しな」
惚れ惚れするほど綺麗な笑顔で吾郎ちゃんはあっさり、そんなセリフを言い放つ。
そんな吾郎ちゃんの隣で木村くんが
「いいわ、それ・・・」
って、一言だけ呟いて、嫌味なほど爆笑し捲くってくれて。
木村くんに怒られなくて済んでホッとした事はホッとしたけど・・・・・
つくづく吾郎ちゃんを美味しいリアクションに巻き込んだ事は失敗だった気がして。
もう、二度とメンバーを巻き込んでの美味しいリアクションはしないでおこう、と俺は
内心で硬く誓っていた。
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