・・・・さむ・・・・・
羽織っている羽根布団を体に巻きつけようとして引っ張ったら、ピンと
逆に引っ張り返されるような抵抗感があって、自分の体と布団の間に
空気の層が出来る。
・・・・・?
寝ぼけ眼のまま寝返りを打ち・・・・・
とても良く見知った人と目が合う。
「おはよう」
掛けられた声も確かにその人のもので・・・・・
・・・・・え?
思考回路が停止してしまったように、一瞬、頭の中が真っ白になり・・・・
・・・・・え?
・・・・・えぇーーーーーっ?!
あり得ない事実を漸く、現実として脳が認識した瞬間、
「うわっ?!」
俺はベッドからドスン!!と床に落ちて、強か頭や背中を打ちつけた。
「ぃってぇーーーーー!!」
悲鳴を上げた俺をベッドの上から見下ろして、爆笑している人間が約1名。
「どんくせぇ!!落ちるか、普通?!」
指差してまで笑う事ないじゃんよ・・・・
ブー垂れる俺にやっと気づいて、その人が手を差し伸べてくれる。
「いやぁ、面白ぇわ、お前。コントやってるより、素の時のお前の方がぜってぇ、
笑える。勿体ねぇなぁ。カメラ、回ってりゃあ、全国のお茶の間の皆さんの
ハート、鷲掴みだぞ」
なんて、相変わらず笑い続けてるけど・・・・・
「一つ、聞いてもいい?」
問いかける俺の声に目尻の涙を拭って、
ん?
と目だけで尋ね返すその顔には、全然、邪気はなくて。
「なんで、ここに居るの?」
・・・・なんで、同じベッドの中に居るんだよぉ?!
とは、さすがに口に出しては聞けないけど。
問いかけられた当人は、なんだ、そんな事かと言わんばかりに
「管理人さんに開けてもらった。どうしても至急に吾郎本人に伝えなきゃ
ならない事があるから開けてくれって。案外、すんなり開けてもらえて、
ちょっとビビったな」
と複雑な顔をする。
・・・・・管理人さん・・・・いや、分かるよ。想像がつく。この人に
真剣な顔で「どうしても」なんて言われたら、何事かと思うよね。
メンバーだから特別重要な用があるんだろう、なんて錯覚しちゃうよね。
それでなくたって、管理人の奥さんは確か、木村くんの大ファンだった
ような記憶があるし。
そこまでして鍵を開けてもらって、不法侵入まがいの事までしたくせに、
本人は至って落ち着いている。
どう見ても『至急に吾郎本人に伝えなきゃならない事がある』ようには見えない。
「・・・・で?何の用?」
なるまいと思えば思うほどに不機嫌になる顔と声を十分自覚しつつ、冷めた
視線を木村くんに送る。
木村くんは俺のこういう視線はわりと苦手なはずだ。
案の定、一瞬、たじろいだように視線を天井の辺りに泳がせ、それでも、
次の瞬間には見事に立ち直って俺にしっかりと目線を合わせ、キラリと
瞳を輝かせた。
「ハッピーバースデー トゥユー。ハッピーバースデー トゥユー。
ハッピーバースデー ディアゴロー。ハッピーバースデー トゥユー」
情感たっぷりにアカペラで熱唱してくれるその姿は、確かにカッコ良くて、
ファンの子達なら涙を流して喜ぶかも知れないけど・・・・
シングルのベッドの上で男二人で向き合ってやる事じゃないと思う。
「・・・・まさかそんな事のために、わざわざベッドの中にまで忍びこんで
来た、とか、言わないよね」
あまりのバカバカしさに声が震える。
とめどなく押し寄せる脱力感・・・・
「いや、ベッドに潜り込んだのは、もののついで。部屋の中まで入って来ても
お前、全然、気づかねぇし、あんまり幸せそうに寝てるから起こすのもわりぃ
かと思って」
・・・・・・確かにね。昨夜はどうせ明日はオフだし、なんて思ってさ、夜更かし
しちゃったから。
ほんとは今もすっげー、眠いんだけど。
「で、寒かったからちょっとお邪魔させてもらおうかなぁ・・・なんて」
そういう木村くんは確かに軽装で、多分、玄関を入った所のクロークに上着を
掛けたんだろうなって想像は出来た。
暖房も何も入ってない部屋で確かにその格好は寒いだろうけど・・・・
「も1回聞くけど、まさかさっきの歌、歌うためだけに来たわけじゃないよね」
いくら何でも、そんなにヒマじゃないはずだ。
「記念すべき三十路の仲間入りを祝して、いいトコに連れてってやろうと思って
誘いに来た」
・・・・・って・・・・・
確かに俺はラッキーと言うべきなのか、今日はオフだけど。
木村くん、仕事は?
って言うより前に、普通、確認しない?俺の予定。
「俺が自分の誕生日に寂しく一人で過ごすと思う?」
「思う。思うだろ、十分。幾らパーティー好きでも自分で自分のバースデー
パーティー企画しねぇだろ。周りの人間も、誕生日でも仕事があって当たり前
って思ってっから、気づいてても誰も誘わねぇしな。掃除して、洗濯して、
買い物して、で、1日終わり、だろ」
昨日、明日は何しよっかな・・・・って考えた事をそっくりそのまま言い
当てられて、唖然、とする。
「俺らみたいな仕事してれば、誰だっておんなじなの。分かるだろ、普通」
そっか。そういう事ね。
「すぐに支度しろよ。朝飯は弁当、用意して来たから車で食えばいいし」
「どこに連れて行ってくれるの?行き先によって服装、違ってくるでしょ」
そう言った途端、木村くんはベッドから降りて、何の断りもなくいきなり、
クローゼットの扉を開けて、勝手に中の物を物色し始めた。
そのまま背中から声がする。
「選んどいてやるから。先に髪、セットして来いよ」
・・・・いいんだけどね、別に。
俺はしぶしぶベッドから腰を上げた。
まだ寝たい、とか、行き先も分からずに外出するのはヤだ、とか、そういう
理屈の通用する人じゃない事は、長い、長い、お付き合いのおかげで嫌と
いうほど、思い知らされているし。
この後に及んで、つまらない諍いをして、今以上に疲れるのはごめんだし。
木村くんのセレクトしてくれた服に身を包み、助手席に乗り込んだ俺に
木村くんが四角い包みを差し出す。
まだほのかな温もりの残るそれを両手に抱いて、ボーッと流れる景色を
眺めていると
「食わねぇの?」
前を見たまま、木村くんが尋ねてきた。
「あぁ、これ?さっき言ってたお弁当って」
「分かるだろ、普通。っつーか、気づけ」
呆れたように木村くんがチラリと視線を送ってくる。
包みを解いて蓋をあけた途端、車の中に何とも言えない、いい香りが広がった。
「凄いじゃん。これ、木村くんが全部、作ったの?」
「たりめぇだろーが。これでもビストロスマップの木村シェフだぞ」
その声が得意げな響きを帯びる。
「美味しそうだよね。いっただきまーす」
和洋中折衷のおかずが、バランスよく綺麗に盛り付けられていて、それぞれに
食べやすいように工夫が凝らされている。
下の段には一口サイズに握られたおにぎりが詰められていた。
「木村くんは?朝ご飯、済んだの?」
「一応な。けど、隣で食べてるの見てると何か自分も欲しくならねぇ?」
「そうだよね。はい・・・・」
弁当箱を差し出したら
「俺、運転してんの。適当に口の中に放り込んで」
わざとらしく前を見たまま、木村くんはそんなセリフを口にする。
・・・・・・いいんだけどねぇ、別にぃ・・・・
溜息が洩れそうになるのを堪え、努めて普通の態度を心がける。
「何が食べたい?」
「んじゃあ・・・・肉団子の甘酢あん絡め」
「はい」
箸でつまんで、えさを待つヒナみたいに大きく開けられた口の中に、それを
放り込む。
「うまい!!さすが俺!!」
舌鼓を打つ木村くんがちょっと笑える。
「次、飯」
「中の具、何がいい?」
「梅干」
「あ、ごめん。もう、ない」
「お前、今、何、食ってんの?」
「え?梅干」
「んじゃ、それでいい」
「って、食べかけだけど?」
「いい」
「他のあるよ。おかかもシャケも昆布も。卵焼き入りのとか、天むすとか」
言いながら、全部違う種類な事に気づいて、驚く。6個入ってるおにぎりの
全部が違う具だった。
木村くんって・・・・マメだよね・・・・・
「俺は梅干が食いたいの!」
「・・・・・分かりました」
手の中に残っていたおにぎりを木村くんの口の中に押し込む。
朝ご飯にしはてボリュームあり過ぎる気がしたお弁当も、結局、二人で食べる
形で平らげて、温かいお茶を飲んで、ホッとしたら、突然、睡魔が襲いかかって
来た。
隣で何か喋っている木村くんの声が子守唄に聞こえてくる。
寝ちゃったらマズイじゃん・・・・・
そう思って木村くんの話に適当に相槌を打っているうちに、自分の気持ちとは
別に意識がだんだん、遠のいていった。
「着いたぞ」
肩を少し乱暴に揺すられて、ゆっくりと瞼を上げる。
「俺の車に乗ってて寝れるようになったなんて、大した進歩じゃねぇ?」
そう言う木村くんの顔は怒っているのか、喜んでいるのか分からないような
複雑な表情だった。
・・・・あぁ、そっか。寝ちゃったんだ、俺・・・・
「ごめん・・・」
運転してくれていた木村くんに申し訳なくて頭を下げる。
何が腹が立つって、自分が運転してる時に隣でグースカ寝られる事ほど
腹立つ事もないもんね。
「ったく。信じらんねぇ。寝るか、普通?運転してる人間が眠くならない
ように話とかするだろ。それをお前は・・・・爆睡しやがって・・・・」
当然のように不機嫌極まりない木村くんはブツブツ言いながらも、ふと、表情を
和らげ
「ま、お前の寝顔なんて見るチャンス、そうそうねぇからな・・・今日だけでも
2回も見られて、 ラッキー、ってか?」
何か口の中でモゴモゴと言葉を濁して、俺から顔を背けた。
「んじゃ、ま、行きますか」
気を取り直したように、わざとらしく元気な声を張り上げる木村くんに
つられるようにして顔を上げた俺は、どうやら到着しているらしいその場所を
見て、唖然とし、思わず隣の木村くんの顔を見る。
ん?
いつもの悪戯っぽい笑顔を返されて俺は言葉を失う。
ここって・・・・
あり得ないでしょ・・・・
俺は信じられない思いで、もう一度木村くんの顔を見た。
「・・・・ここ?」
「そ」
いたく満足げに頷く木村くんは、どうやら本気で俺をここに連れてきたかった
らしい。
けど・・・・
こういうとこって、家族連れとか、恋人同士とか・・・・
それこそ、木村くんは家族と一緒に来ればいいんだろうけど・・・・
「何、気に入らねぇの?」
「・・・そういうわけじゃないけど・・・・なんで、ここ、なの?」
「ま、将来の練習だな。家族サービスの定番だしな。お前も30なんだからさ、
そろそろ結婚とかさ、視野に入って来んだろ。当然、家族サービスもそんなに
先の事じゃねぇだろうし。1回ぐらいどういうとこか来て見といて損はねぇだろ」
「・・・・お心遣いはありがたいけどさ・・・・」
寝不足の所を朝っぱらから叩き起こされて、半ば強引に連れて来られた先が
ここだと思うと、なんだか恨めしい気持ちになって来る。
「やべ!!走るぞ!!パレード、間に合わねぇじゃん!!」
木村くんのセリフに我が耳を疑う。
この上、走るの?!
今にも走り出そうとする木村くんの腕を、縋りつくようにして掴んで。
「・・・いいよ。別に。どうしても見たいって訳じゃないんだから。走らなくて
済むとこ、回ろうよ」
「ダーメ。お前、アトラクション系はほとんど全滅だろ。だったら、パレード
見るぐらいしかやる事ねぇって」
逆にグイッと腕を引っ張り上げられる。
「走るぞ!!」
高らかに宣言して、木村くんはマジで俺を引きずるようにして走り出していた。
・・・・確かにパレードは俺が想像していたよりは、凄くて見応えもあったけど。
子供のようにはしゃいでそれを見ている木村くんを見ていた方が、その数倍
見応えがあった事は、この際伏せておくとして。
「あれぇ?!木村くんに吾郎ちゃんじゃん。こんなとこで会うなんて珍しいね」
聞き慣れた声に呼び掛けられて、二人して振り向く。
「剛?!」
「何してんの?こんなとこで」
ニコニコと笑いながら近づいて来るその笑顔に妙な違和感を覚える。
「吾郎の誕生祝い」
「そうなんだ。俺も実は吾郎ちゃんにバースデープレゼントしたい事があるんだよね」
剛の言葉に木村くんが訳知り顔で頷いている。
・・・・何か怪しいなぁ・・・・・
こんな偶然て、あり得ないよねぇ・・・・
「と言う訳で吾郎ちゃん、借りてもいい?」
「吾郎がOKすればな」
木村くんの顔に僅かに意地悪い笑みが浮かんで。
「どう?吾郎ちゃん。俺と一緒に来て貰えないかな?」
・・・・って言われても・・・・木村くんに悪いしね・・・・・
「折角だけどさ、今日は木村くんが先約だから。また、今度、日を改めて誘ってよ」
そう断ったら、ドン!!と木村くんに背中を押され
「行けよ。俺はいいから」
と、普段なら絶対にあり得ないセリフを耳にするに至り、益々、俺の中で疑問が
深まっていく。
「・・・・何か企んでない?」
この人達が素直に俺の誕生日を祝ってくれるとは、だんだん思えなくなって来る。
「人聞きわりぃ事言うなよ。ほら、モタモタすんな。1日は短けぇんだから」
そうして更にグイグイと人の背中を押して来る。
「分かった。分かったよ。行けばいいんでしょ」
俺は我知らず洩れそうになる溜息を呑み込んで、今度は剛の後に従った。
「ねぇ、剛・・・・俺が運転しようか?」
俺はシートベルトを握り締めたまま剛にお伺いを立てる。
「何で?大丈夫だよ、全然。安心して。何だったら寝ててくれてもいいよ。 俺、
隣で寝られても全然、平気だから」
・・・・いや・・・・起きてるよ。怖くてとても寝られないから・・・・
剛の運転は特に乱暴とか言う訳でもないんだけど、異常に安全運転と言うか、
酷くゆっくりな運転で、何だか余計に疲れてしまう。
それにやっぱり危なっかしい。
俺も運転に関してはそんなに偉そうな事も言えないけど。
「何かCDでもかける?」
「いい!!何もしなくていいから、前見て運転して!!」
「そんなに怯えなくても・・・・ほんとに大丈夫だから。もうちょっとリラックスして
乗っててよ」
「・・・・うん・・・・」
・・・・はぁ〜〜〜・・・自分で運転したい・・・・その方が絶対に楽なのに・・・・
俺は剛に見つからないように息をつく。
「剛はどこ、連れてってくれるの?」
俺が黙っていると永久に沈黙が続きそうで、思いきって尋ねてみる。
「映画だよ」
・・・・・それも何か変じゃない?
って言うか、そもそも大の男が二人連れ立って何かをするって事自体、普通じゃない
気がするんだけど・・・・
確かに木村くんとはたまーに、一緒に買い物に行ったりだとかもするけどさ・・・
「韓国の映画でさ、もう、すっごい面白いんだよ。ほら、吾郎ちゃんさ、前に
一度、『俺も韓国語とかちょっと勉強してみようかな』って言ってた事、あった
じゃない?生の韓国語聞くのって勉強になると思うんだよね」
一度口を開くと、剛は結構、お喋りで後は俺が黙っていても、一人で喋り続けて
くれる。
韓国の話しを始めたが最後、止めど無く溢れ出す言葉の洪水に、俺はただ
ただ、頷くしかない。
韓国の話しをしている時の剛は、とても熱心で、酷く楽しそうで、俺にはあんまり
良くは理解出来ない内容だったりもするんだけど、そういう顔を見ているのは
そんなに悪い気分じゃなくて。
「あ、そうだ。吾郎ちゃんお昼まだでしょ」
思い出したように剛が声をあげる。
「うん」
「ツアーの時にさ、吾郎ちゃんにお寿司屋さん、連れてってもらったじゃない?
今日はそのお返しに韓国料理の店、一緒にどうかなって」
「あ、いいね」
「お昼だからさ、そんなに本格的にっていう訳にも行かないけど。でも、結構ね
いい雰囲気のとこなんだよ。美味しいし」
そう言いながら、剛は目指すお店に向かってハンドルを切る。
丁度昼食時という事もあって、店内はかなり混んでいたけれど、俺達は店に
入ると同時に座敷に案内された。
・・・・予約、入れてたって事だよね、これって・・・・
剛の用意周到ぶりに驚きつつ、剛の「特にこれがお勧め」スペシャルメニューに舌鼓を打つ。
日本人向けではなく、本格的な辛さの料理だったけれど、ただ、辛いだけじゃ
ない、奥深い味わいに圧倒される。
「どういう調味料、使ってるのかな?日本じゃちょっと味わえない味だよね?」
食べながら考え込む俺に、剛がほわわんとした笑いを洩らす。
「勉強熱心って言うかさ。研究熱心って言うか。好奇心旺盛って言うか・・・」
「だって、気になるでしょ?自分でも作ってみたい、とか思うじゃん。俺ね、
よくお店の人に聞いたりすんのよ。どうやって味付けしてるんですか、とか」
「ほんとに?」
驚いたような呆れたような剛の顔。
「うん」
「教えてくれるの?」
「門外不出でなければね。ほら、お店だけのオリジナル、とかあるじゃん。
あぁいうのは無理な事、多いけど、一般的にどこのお店でも作ってるようなのは
案外、教えてくれるよ。ビストロですか?なんて聞かれる事もあるしね」
「へぇ・・・・凄いね」
感心したように呟く剛の顔には、いつも見慣れた穏やかな笑みが浮かぶ。
・・・・・何かこう・・・・癒されるよね。剛、見てると。
ビストロのゲストで来てたコもそんな事、言ってたけど、あの気持ち、ちょっと
分かる気がするよね・・・・
なんてそんな事を思いつつ、お店を後にする。
「どう?面白かった?」
剛お勧めの韓国映画はたぶん、内容的にはとても素晴らしかったんだろうけど、
眼鏡を持っていなかった俺は日本語訳のスーパーを、ほとんど読む事が出来ず、
結局、どういう映画なのか、イマイチ良くわからなかったけれど。
「うん・・・・まぁ・・・・」
頷いた所へ、また、聞き慣れた声がした。
「うわぁ?!つよぽんにゴロちゃんじゃん。二人してこんなとこで何やってんの?!」
・・・・慎吾・・・・・
慎吾の登場に至り、俺は事のあらましを漸く、ぼんやりではあるけれど、理解
し始めていた。
要するに、時間と場所を決めて落ち合うように、前もって打ち合せてあるんだ・・・・
けど、みんな今日はオフじゃないはずなのに・・・・
当たり前の疑問が脳裏に浮かぶ。
「前もって示し合わせてた訳ね」
慎吾にまっすぐに視線を当てる。
「で、これからは慎吾がどっかに俺を連れてってくれる、と。そういう事なんでしょ」
「あ?ばれちゃった?」
肩を竦めて笑う慎吾は、いつもの末っ子の態度そのもの。
「それじゃ慎吾、バトンタッチ」
剛と慎吾が街中でハイタッチをして、別れて行く。
「で?慎吾は?どこ、連れてってくれるつもり?」
「ジャ−ン!!香取慎吾お勧め、美味しいデザート屋さん巡り!!」
わざわざ効果音つきで発表してくれたその行き先に、眩暈を覚える。
「・・・・それって、ひょっとして、嫌がらせ?」
「なんでよ?!ほんとにお勧めなんだって。味は絶対保証するから!!」
胸を張る慎吾に、小さく溜息をついて
「俺が甘いもの苦手な事ぐらい、慎吾だって知ってるだろ。それに、30代に
なるとさ、今までと同じように食べてても太るって聞いたしね」
と説明をし、とどめに一言。
「パス」
「ひっどーい!!何で?!何で俺だけパス!!なの?!木村くんにもつよぽんにも
付き合ったんでしょ?!木村くんのテーマパークだって、つよぽんの韓国映画
だって、吾郎ちゃんの趣味じゃないじゃん!!なのにさ、二人には付き合って
どうして俺だけがパスなの?!」
慎吾は場所も何もなく、喚き散らす。
道行く人達がチラチラと振り返り、中には「あ、慎吾ちゃんだ・・・」とか
言って行く人もある。
これ以上ここで騒いでたら、幾ら何でも、人が集まってきかねない。
「・・・・分かった。分かったから・・・・付き合うから・・・・」
宥めるつもりで言ったのに。
「何か傷つくなぁ、そういう言い方。そんなにイヤイヤ付き合って貰っても
嬉しくないし・・・・俺、一生懸命考えたのにさ。吾郎ちゃんにどうしたら
喜んで貰えるかなって。ほんとは吾郎ちゃんに合わせてあげたいけどさ、俺、
ワインの事とかどうせ分かんないし、無理に吾郎ちゃんのフィールドで勝負
するよりも、自分の得意分野の方が、確実に喜んで貰えるものが用意出来る
んじゃないかって思ってさ・・・・」
俺は慎吾の言葉にかなり驚いて。
てっきり自分が食べたいんだとばっかり思ってた・・・・
そんな風に思ってくれてたなんてさ・・・・
「・・・慎吾、ごめん。俺・・・・」
言いかけた俺に、突然、慎吾が覆い被さるようにして、抱きついて来る。
「ごろーちゃーん!!」
「やめろって!!」
慌てて慎吾の包囲網から逃れようともがく。
ここはスタジオじゃないんだからさ。
コントとかテレビとかじゃなくて、男同士で抱き合ってたら、誤解されるだろ。
慎吾お勧めのデザートショップは、どの店も甘味を押さえたシンプルな味付けで、
確かに美味しかったけれど。
元々、そんなに大食いな方じゃないから、ケーキなんて1個か2個食べたら
もう、十分だしさ。
「え?もう食べないの?!」
俺が1個食べる間に3つくらいのペースでケーキを平らげていた慎吾が、3軒目
の店で不思議そうに俺を見た。
「お前はまだ、食べるの?」
俺にはその事の方が不思議で。
「後、3軒回る予定なんだけど・・・・」
「・・・・それは無理。もう入らない」
「・・・・でも・・・まだ、時間が・・・・」
チラッと店内の時計に視線を走らせた慎吾が困ったように呟く。
「中居くん?」
幾ら誕生祝いをしてくれるとは言っても、中居くんと二人でどこかに出掛ける
なんて、ちょっと想像したくないけどな・・・・
「何時にどこ?」
「それはちょっと・・・・・」
口篭もる慎吾にわざとらしく溜息をついて見せて
「じゃあ、あと、3軒回ろう。慎吾はそこで食べる。俺は中居くん用に適当に
見繕って貰うからさ」
と妥協案を提示する。
「ほんと?!やったね?!」
大袈裟に飛び上がって喜ぶ慎吾に、おぃおぃ、テレビじゃないんだからさ・・・
なんて突っ込みを心の中で入れて。
最後の店でオーダーしたケーキを手掴みで平らげて、指についたクリームまで
綺麗に舐め取った慎吾は
「飲まないんなら貰うね」
俺の前に置かれたまま手をつけられていなかったアールグレイを一気に飲み干した。
そうしてニッコリ笑う慎吾は本当に幸せそうで。
ほんとに、よくあれだけ入るよね・・・・
ダイエットはもういいの?リバウンド、気にしてたような気がしたのは、俺の
気のせい?
俺なんかさ、飲み物だけでももうお腹一杯でさ、とうとう最後の店でオーダー
したアールグレイには、一口も手をつけられなかったのにね。
けど、まぁ・・・・
食べてる時の慎吾の幸せそうな顔は、見ていて嫌な気分じゃなかったけどね。
「よっし!!行こう、ゴロちゃん」
食べ終わって慎吾は元気良く立ち上がり、グイッと俺の腕を引っ張る。
「分かった!!分かったから腕、引っ張るなって。痛いの!!」
慎吾の手を振り払おうとブンブンと、勢い良く腕を振り回せば、振り回すほど、
慎吾は握った手に強く力を込める。
・・・・ったく・・・・バカ力・・・・
俺は抵抗する事は諦めて、慎吾に引きずられるようにして歩いていた。
「どこまで歩くの?」
外はすっかり夜の帳が下り、吐く息が白く踊る。
すっかり葉を落とした街路樹に、クリスマスイルミネーションが飾られ、
幻想の世界へと誘いを見せる。
女のコと歩いてるんなら・・・・それなりにムードのある、いいシチュエーション
ではあるけれど・・・・
一緒にいるのは慎吾だし・・・・
「ねぇ、慎吾。どこまで行くの?俺、寒い」
今朝、木村くんが見繕ってくれた服装は、車で外出するにのふさわしい、
軽装だった。
まだ日差しがあった昼間ならいざ知らず、さすがに夜はこの服装は堪える。
俺は無意識に自分の両手で両腕を抱きしめた。
「もうちょっと」
白い息を弾ませて笑う慎吾が恨めしい。
ムートンの温かそうなジャケットに目も心も奪われる。
いつもなら、「寒そうだねぇ」とか言いながら、上着とまでは行かなくても
マフラーなり、なんなり貸してくれるのに・・・・・
どうして今日に限って何も貸そうとすらしてくれないんだろ・・・・・
漸く慎吾が足を止めたその場所は公園で。
目の前に夜の暗さと同化した闇色の池が広がり、すぐ後ろに公園のシンボル
ツリーらしい、大木が佇んでいる。
「・・・・ここ・・・・」
「やっぱ、覚えてる?」
「・・・・うん・・・・」
一瞬の判断を誤って、とんでもなく大事になってしまった例の事件の後、
復帰が決まった時に、夜、メンバー全員でこっそり出掛けて来た公園。
どうして、冬の最中の、しかも夜に公園という発想になったのか、今でも
多少不思議ではあるけれど、多分、冬の夜の公園なんて、誰もいない
だろうって事で決まったような気がするんだけど・・・・
みんなに再出発を誓った場所・・・・
「これからの俺を見ててよ」
言葉には出来なかったけれど、あの時、俺はみんなにそう伝えたかった。
一杯、心配と迷惑を掛けた分、必ず、取り返して見せるから。
必ず、みんなに納得して貰える俺になるから。
今でもその時の気持ちがはっきりと蘇ってくる。
「寒そうだよね、しっかし・・・・」
不意に慎吾の声がして。
「だから、さっきから・・・・・」
言いかけた俺の肩に確かな質感を伴った、けれど、しっくりと体になじむ
感覚のモノが掛けられる。
「Happy Birthday 吾郎」
ちょっと気障ったらしく、芝居かがった声がして、振り返った先に中居くんが
立っていた。
俺は肩に掛けられたそれに、何気なく腕を通して・・・・
「え?うそ・・・・これ・・・・」
ビックリして言葉が詰まる。
ずっと欲しいと思ってた・・・けれど、自分にはさすがに分不相応に思えて、
手を出せずにいた・・・・
俺の好きなデザイナーのオリジナル皮ジャン・・・・
「あ、俺からじゃねぇぞ、もちろん。メンバー全員からな」
俺の驚きが多分、ストレートに伝わったんだろう、中居くんがそっぽを向く。
「・・・・だって、でも、これ・・・・幾ら全員からでも・・・・高い・・・」
凄く嬉しいけれど、それ以上に申し訳なくて・・・・
「あの・・・・いいのかな・・・本当に貰っちゃっても・・・・」
「とか言いながら、もう着てるし・・・・」
慎吾の指摘に顔が赤らむ。
「あ、ほんとに嬉しいんだけど・・・・あの、ありがとう」
中居くんと慎吾に向かって頭を下げると
「お礼は、全員に言ってやってくれ」
中居くんのその言葉と同時に、木村くんと剛が木の影から出て来た。
「あ、木村くんも剛も・・・・」
二人にも。
「ほんとにありがとう」
「それ、あったかい?」
「うん・・・・すごく・・・・」
凄く温かい。
それはこのジャケットを羽織っているせいだけじゃなくて。
君達みんなの気持ちが・・・・温かい。
「ほんとに・・・ありがとう」
俺はもう一度、全員に頭を下げる。
「いいって。俺らそのプレゼントのお礼、もう貰っちまってっから」
木村くんが顔を上げた俺を見て、ニヤリと唇の端を持ち上げる。
「どういう・・・・・」
「今日ね、みんなそれぞれ、自分がゴロちゃんを連れて行ってみたいと思ってた
所に、無理矢理付き合って貰っちゃったんだよ。それがお礼って訳」
慎吾の説明もイマイチよく意味が分からない。
「何、それ・・・・」
「木村くんなんかさ、いっつもゴロちゃんと二人して出掛けたりしてるけど、
俺とかつよぽんとかさ、なかなかゴロちゃんの事、誘えないじゃん」
「なんで?誘ってくれればいいのに」
「何か・・・とにかく誘いにくいんだよ!!で、今日は、みんな、1回、ゴロ
ちゃんと行ってみたいって思ってた所に、ゴロちゃんを連れて行く事にしたの」
「・・・・それなんだけどさ、ずっと気になってたんだけど、みんな今日オフ
じゃないでしょ?」
「そうなんだよね。結構、大変だった。何時から誰が空くからって、打ち合わせ
して落ち合う時間と場所を決めたんだけど、収録とか伸びたら、もうそれ仕舞い
じゃない?かなりスリルあったよね」
剛が軽く肩を竦める。
「1日引っ張り回して悪かったな」
木村くんが少しだけバツが悪そうに笑う。
ほんとに、この人達は・・・・
「さぁ、これから吾郎んち行って宴会すんぞ」
中居くんのその言葉に、つい今しがたのほのぼの気分は一気に吹っ飛び、突然、
突き付けられた現実にギョッとする。
これからって・・・・
うそ・・・・
もうカンベンしてよ。
俺、今、お腹一杯だし・・・・
「付き合って貰うからな。俺、まだ、お礼して貰ってねぇから」
中居くんの笑顔が悪魔のそれに見える。
「・・・・何なの?中居くんが俺と一緒にしたい事なんてないでしょ?」
「宴会。お前んちで焼肉パーティーやんの。お前んち、まだ行った事なかったし、
お前んちって何か焼肉とか似合わなさそうじゃん。だから、いっぺん、やって
みたいの!!」
一番年上のこのリーダーが、こういう時だけは一番年下の駄々っ子に見える。
「・・・・・わかりました。お付き合いします・・・・」
力なく呟いた俺の声が白い息と共に儚く揺らいで、夜の闇に吸い込まれて行く。
「やったね!!宴会!!」
慎吾が叫び
「まだ、食べる気?」
げんなりした俺に木村くんが背中から覆い被さってくる。
「よっし!!今日はとことん呑むからな!!朝まで付き合え!!」
「ヤだよ。俺、明日仕事だもん」
「問答無用」
木村くんの背中に中居くんが飛びつく。
「うわぁっ?!潰れるって!!」
思わず叫んで。
じゃれ合う声が近所迷惑になったりしないかな・・・・
ふと、そんな思いが脳裏を掠めて。
記念すべき30代最初の誕生日の夜が、こうして過ぎて行く。
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