♪♪♪〜、♪♪♪〜・・・・・
出番を待っている間、楽屋で韓国語の本を開いていた俺の耳に、最近ではすっかり
耳馴染んでしまった吾郎ちゃんの携帯の着メロが流れ込んで来る。
・・・・あ、まただ・・・・・
何か最近、すっごく頻繁に吾郎ちゃんのメールの着メロ、聞いてる気がする。
木村くんとまた、しょーもないメールのやり取りでもやってんのかなぁ?
最近は二人ともだいぶ飽きたみたいで、一時の事を思えば、そんなにやらなく
なったと思ってたのになぁ・・・・・
韓国語の本から顔を上げて、メールを見ている吾郎ちゃんの顔を見るとはなしに
眺めていた。
少しだけ怪訝そうに眉を寄せて、微妙に不機嫌っぽい空気が流れて来る。
悪戯メールか何かかな?
「・・・・またぁ・・・・?」
溜息と同時に呟く吾郎ちゃんの声が耳に入って来て、思わず、口を出してしまって
いた。
「悪戯メール、多くてうんざりするよね。一体、どっからメルアドとか調べて
くるんだろうね」
吾郎ちゃんの不機嫌ムードを少しでも和らげるつもりでそう言った俺の声に、
吾郎ちゃんは少しだけ眉を上げて
「新規登録の時のデータとか、流出経路なんて幾らでもあるからね。ある程度は
仕方ないんじゃないの?取り締まりようがないんでしょ」
と極、現実的な答えを返した後
「俺がまた・・・・って言ったのは、別に悪戯メールの事じゃないけど」
と、相変わらず、微妙な不機嫌さを漂わせたまま、そう続けた。
「え?悪戯メールじゃないの?」
だとしたら・・・・俺がくちばしを挟んじゃったのは拙かったんじゃないの?
俺は不機嫌な時の吾郎ちゃんの怖さを、嫌というほど知っているので、どっと
冷や汗が吹き出て来る気がした。
ほとんど盗み聞きしていたようなもんだしねぇ・・・・
ヤバイかも・・・・・
俺が黙り込んでしまい、それで会話が終わるのかと思っていたら、意外な事に
吾郎ちゃんが更に言葉を続けていた。
「何かねぇ・・・・おんなじ内容のメールが、違う相手から来るんだよねぇ・・・・
火曜日以降・・・・・」
「・・・・何、それ?」
吾郎ちゃんの言葉につい、疑問を投げ掛けてしまった。
「こっちが聞きたいよ」
ムッとしたような吾郎ちゃんの声。
「どんな内容なの?」
聞いたら余計に怒られるかとは思ったけど。
「ジュースをねぇ・・・・私に飲ませるとしたら、何味のジュース?っていうさ、
訳分かんないメール。三択なんだけどね。リンゴとオレンジとぶどうの中から」
「・・・・何、それ?」
説明を聞いてもさっぱり分からない。
「だから、俺が聞きたいの」
呆れたように吾郎ちゃんが溜息をつく。
「で、吾郎ちゃんはいちいち、返事打ってんの?」
「一応。知ってる人ばっかりだし。相手の好みが分かってれば、その人の好きな
飲み物にするし、分からない時は全部ぶどうジュースで」
「マメだね、ゴロちゃんは」
悪いと思いつつも笑いが込み上げて来る。
「けどさ、何でぶどうジュース、なの?」
「自分が好きだから」
スラッと答える吾郎ちゃんに、つい笑ってしまった。
「何でよ。別に笑うとこじゃないじゃん」
憮然として俺を睨み付ける吾郎ちゃんは、でも、どこか子供っぽくて可愛い。
年上だけど、不思議とそういう威圧感とか、偉そうな所がなくて、だからって
別に俺が吾郎ちゃんを見下げてる、とか、そう言うんでもなくて・・・・
自然体で振舞わせてくれる吾郎ちゃんのそう言う雰囲気が俺はとても好きで。
笑い続けていたら、いつの間にか吾郎ちゃんまで苦笑していた。
「慎吾もメール、やるんだよね」
コントの収録が終わって、次の収録までの出番を待つ間、慎吾と一緒になった
俺は、ふ、と、さっきの吾郎ちゃんのメールの話しを思い出して、つい、そんな
言葉を口にしていた。
「やるよ。何で?」
「ジュースのメール、とか、来る?」
「ジュースのメール?何、それ。広告メール、とか?」
「違うよ。えっとねぇ・・・・私に飲ませるとしたら、何ジュース?ってヤツ」
「あぁ、あれ。何、つよぽん、そういうメール、貰ったの?」
興味津々といった顔で慎吾が俺の顔を覗き込んで来る。
「えっ?慎吾、どういう意味が知ってんの?!」
つい、勢い込んで振り向いたら、慎吾のおでことモロにぶつかってしまった。
「いってぇーーーーー!!」
大袈裟に叫んで額に手をやりながら、
「心理テスト、みたいなヤツだよ。こないだの裏技番組でやってた」
と、少しだけ怒ったように慎吾はそう言い、さらに詳しく説明してくれた。
「自分が気になってる相手に、自分の事を考えながら、自分に飲ませたいと
思うジュースを選んでもらうってヤツでしょ。相手が選んでくれたジュースが
リンゴジュースだったら、相手は自分の事が好き、オレンジジュースだったら
普通、ぶどうジュースだったら嫌いって意味らしいよ。ま、単なるお遊びだけどね」
慎吾の説明に俺は一瞬、クラリと眩暈を感じて。
『・・・・分からない時は全部ぶどうジュースで』
吾郎ちゃんのセリフが蘇る。
・・・・あーぁ・・・・吾郎ちゃん、知らないとは言え、可哀想に・・・・
相手の人も、だけど・・・・
人の事だけど、少しだけ気の毒な気分になる。
「何、何?つよぽん、誰から貰ったの?何て返事した?」
・・・・あ、今、一瞬、慎吾の事、忘れてた・・・・・
「俺じゃないって。吾郎ちゃん。違う相手からおんなじ内容のメールが来るって、
ちょっと訝ってたからさ」
「ゴロちゃんか。・・・って、その言い方は複数?」
「みたいだね。吾郎ちゃん、メル友、沢山いそうだもんね」
「何かムカツクーーーーー!!」
毎度お馴染みの慎吾のセリフに俺は曖昧に笑った。
収録を済ませて楽屋に戻って来た吾郎ちゃんに、さっき慎吾から教わった心理
テストの話をすると
「・・・・ふうん・・・・そうなんだ?」
と呟いた吾郎ちゃんの顔が微妙に笑っている。
この笑いは何か良からぬ事を企んでいる時の顔で・・・・
けどさ・・・・吾郎ちゃん、自分が相手に送った返事の事は、気にならないのかな?
『あなたの事は嫌い』って返事した事、気付いてない、とか・・・・
吾郎ちゃんなら、あり得るけど・・・・
何かどっか、抜けてるとこ、あるもんね・・・・・
とか思っている間に吾郎ちゃんは、ピッピ・・・とメールを打ち始める。
送信してものの1分もしないうちに、また、メールの着信音が響く。
たぶん・・・・さっきのメールの返信なんだろうけど・・・・・
そのメールを見た吾郎ちゃんは、どうやら思わしくない返事だったらしく、一気に
顔を曇らせた。
「・・・あ、じゃあ・・・・俺、これで・・・・お疲れー」
不機嫌の嵐が吹き荒れる前に退散しよーっと・・・・
ドアを開けかけた所へ人の顔が覗いて、ビックリする。
「おぅ、吾郎。今のメール、何だよ。ジュース、飲みてぇの?俺、今から買いに
行くけど、買って来てやろーか?」
ドアから顔を覗かせたのは木村くんで・・・・
・・・・・吾郎ちゃーん・・・・・ひょっとして・・・・あの、メール、木村くんに
送ったの?・・・・って言うか・・・・それって変じゃないの?単なる悪戯?
相変わらず訳分かんない事、やってるよね、この二人・・・・って木村くんまで
一まとめにしちゃうのは、マズイのかな、この場合・・・・・
などとモロモロ考えている俺の頭の上を通り過ぎるようにして、
「・・・・いらない」
と、木村くんに顔を背けたまま呟いた吾郎ちゃんの低い声が流れていく。
そんな吾郎ちゃんを不思議そうに見ながら、木村くんは俺の耳元に口を近づけて、
囁く。
「何?何で吾郎、怒ってんの?」
「・・・・たぶん・・・・木村くんからのメールの返事のせいで・・・・」
「メールって・・・ジュースがどう、とかってヤツ?」
「・・・・木村くん、何て答えたの?」
「そりゃ、ぶどう、だろ。あいつ、ぶどうジュース、好きだろ?」
「・・・・・・・・・」
呆れてモノが言えないって言うのは、たぶん、こういう事を言うんだと思う・・・・
「俺、お先に失礼します。後はお二人で誤解を解いて下さい・・・・」
わざわざバカ丁寧に言って、俺は仕事では決して感じる事の出来ない脱力感を
感じつつ、楽屋を後にする。
この後、どんな風に二人が仲直りするのか、見届けたい気もしたけど、多分、
今以上に脱力させられそうだから、やめとこう。
全くさ・・・・幾つになってもはた迷惑な人達だよね、ほんとに・・・・
そういうとこも結構、好きだったりするんだけどさ・・・・
なんて思いながら、俺はメールを打とうと、ポケットに手を突っ込み携帯を探る。
・・・・吾郎ちゃんは何て返事くれる気、なのかな・・・・・
考えるだけで口元に笑みが浮かんで来て、俺は気がつくとお気に入りの歌を
鼻歌で歌いながら、スタジオ内の駐車場を歩いていた。
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