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「木村さんも一緒にどうですか?」
ロケ先のホテルで共演者の人とかスタッフさん達、みんなと一緒の夕食を終えた後、
部屋へ向かいかける俺を呼び止めた声。
「何?」
「かまくら祭りやってるらしいんすけど、凄い綺麗らしくて。幻想的って
言うんですか?で、ぜひ見に行きたいって共演者の女の子達にせがまれちゃって」
とか言いながら、顔は全然、喜んでるし。
「わりぃけど、俺、パスさせて貰います」
キョーミ、ないんで・・・・
って言うのは内心の呟きとして。
こういう時、カテイ持ちっていうのは便利だわ。
あぁ・・・ってそれで納得して貰えるから。
幻想的とか、そういうのって、残念ながらキョーミ、ねぇし。
吾郎じゃあるまいし。
あいつだったら、せがまれなくったって喜んで行きそうだけどな。
っつーか、せがむ方じゃん。
木村くん、行かない?とか。
メンバーの中で唯一、そういう事に興味を持ちそうな人間の顔が自然に
浮かんで・・・・ちょっと笑いを噛み締めた。
長年の付き合いっていうのは、ヘタすると家族以上に、ふ・・・と
浮かんで来たりする。
お互いの事、仕事の状況とか近況とか、詳しい事、なーんにも知らないのに、
そういう嗜好だとか、あ、好きそう・・・って事なんかは自然に思い浮かぶ。
そういや、俺も全然、知らなかったけど、何かソロ出すらしいし。
アンジーとかふざけた名前で。
らしいっちゃあ、らしい気もすっけど。
こないだ移動中に何気なくラジオ聞いてたら、何かやたら吾郎の声に良く
似た声が流れて来て、歌が終わった途端「『Wonderful Life』アンジーさん
でお届けしましたぁ」とか言いやがって。
アンジーって誰?
吾郎じゃねぇの?
って。
速攻で吾郎に電話したら「うん、そう。アンジーって俺の事」なんて、当り前
みたいに。
俺、知らなかったっつーの。
剛のドラマの主題歌だとか。
そんな風にお互い、自分の仕事の事をわざわざ報告し合ったりはしないから。
他の人間が知ってる事でも、メンバー同士は全然、知らなかったりもして、
それはそれで驚かれたりもすんだけど。
俺はそうして『Wonderful Life』のサビの部分をちょっと鼻歌で歌いながら
シャワーを浴びていた。
ピンポーン♪
ドアホンが鳴る。
誰だ、今頃・・・・
ライブツアーの時なんかは中居とかが、「酒飲まねぇ?!」とかしょーもない
誘いをかけて来る事とかあるけど・・・・
今日はロケだしな・・・・
ピンポーン♪
2回目。
・・・・・どうするかな。
誰なんだ?何の用?急ぎ?
俺、シャワー浴びてんですけど?
ピンポーン♪
3回目。
ピンポン、ピンポン、ピンポンと連打しない辺りが、常識的な鳴らし方ではあるな。
って事は常識的な人間って事で・・・
って事は出ないとマズイって事?
俺はそうして漸くシャワーを止め、とりあえず腰にタオルを巻いてドアを
細く開ける。
けど、ドアの向こうには人影はなくて、俺はもう少しドアを開けて、首を
出して廊下を見渡す。
そこに見覚えのある後ろ姿を見つけて思わず、声を張り上げた。
「吾郎っ?!」
確かにその人影は俺の声に反応して足を止め、スローモーションのように
ゆっくりとこちらを振り返った。
そうして、俺を見て少し不思議そうに首を傾げ、その足がゆっくりとこちらに
向かって歩を進める。
すぐ目の前まで来て立ち止まり
「居たんだ?」
と、僅かに悪意を含んだ、けれど、それが不思議と甘やかさを醸し出す笑顔で
吾郎は俺を見
「シャワー、浴びちゃったんだ?」
と少し残念そうに肩を竦めた。
「とにかく入れよ」
取り敢えず部屋の中に招き入れ、適当にその辺に座らせておいて、服を着る。
落ち着いた所で吾郎の向かいに腰を下ろし
「で?お前、何でこんな所に居んの?」
と当然の疑問から投げかけてみる。
「木村くんがロケでこっちに来てるって聞いたから、ちょうどいいかって思って
誘いに来たんだけどね?」
ニッコリと笑って首を傾げる仕草はいつもと同じで。
・・・・・誘いに来たって・・・・もしかして?
「・・・・かまくら祭り?」
「あ、知ってた?」
至極嬉しそうに笑う笑顔は子供みたいに無邪気で、何か20代の頃よりも
最近の方がむしろ、可愛くなってんじゃねぇか、なんて思ったりもしなくも
ねぇんだけど。
髪型とかも・・・・中居曰く「ジャニーズヘアになってますよ」らしいしな。
「・・・・でも、シャワー、浴びちゃったんだよね、木村くん・・・・」
ふと、思い出したように吾郎はつまらなさそうに声を沈め、立ち上がろうと腰を
浮かす。
「染五郎さんとか誘ってみようかな」
「って、なんでだよ?」
わざわざこんな所まで出向いて来たのは、俺がロケでこっちに来てるからで、
俺を誘うために吾郎は、東京から秋田くんだりまで来たんじゃねぇの?
なのに何でだよ?何で染五郎さんな訳?
「だって木村くん、もう、シャワー浴びちゃったみたいだし、そうしたらもう、
出掛けるの、嫌でしょう?ツアーの時もそう言って、中居くんの誘い、断ってた
もんね?」
・・・・・・・バカか。ありゃ、断る口実だろうが。
お前に誘われて、俺が断る事があると思ってんの?
中居だって言ったんだろーがっ!!
お前に「木村、誘って来て」って。
「そんなの、行くに決まってんだろ?」
はっきりきっぱりそう言い切ってんのに
「え?ほんとに?」
と吾郎は不思議そうに首を傾げる。
「夏と違ってさ、外、寒いし。無理しない方がいいよ。風邪引くといけないし」
そうして、不意に表情を改めて心配そうに俺を覗き込んで来る。
「鍛えてるから平気だっつーの。ほら、ぐずぐずしてねぇで行くぞ!!」
吾郎の腕を掴んで引っ張り上げる。
「髪!!せめて髪、乾かしてから行かないと、ほんとにヤバイって」
今にも吾郎を引きずって部屋を出ようとする俺を、吾郎が珍しく少し強引に
引き止める。
自分だけでなくて、人の髪の毛も気になんのか、お前は?!
「風邪、引くから」
断固として動こうとしない吾郎にちょっと呆れて、慌ててドライヤーの熱風を
髪に吹き付ける。
「ちょっと・・・そういうやり方だと髪、傷むよ」
少し困ったように眉を顰める吾郎に
「普段、ドライヤーなんか使わねぇもん、ほとんど。やり方なんかテキトー」
そう返すと、吾郎は益々困ったように微妙に表情を曇らせて
「・・・・やったげようか?」
と微苦笑している。
「・・・・え?あぁ・・・そうだな」
ドライヤーを手渡して。
細い吾郎の指先が毛先を梳いて、ドライヤーの風が心地よい熱を伴って地肌に
届く。
人に頭、触られるのって・・・・案外、気持ちいいんだよな・・・・
このまま・・・・
誘(いざな)われるように眠りに落ちてしまいたくなる誘惑と戦うのが、結構、
辛かったりすんだ、これが・・・
そんな事を思っているうちに
「はい、OK」
プチッとドライヤーの電源を切る音と共に吾郎の声が聞こえて、俺は落ちかけて
いた瞼を上げた。
「疲れてるんだったら・・・・ヤメにする?」
ドライヤーを俺の手元に返しつつ、吾郎がフワリと微笑んだ。
「行くに決まってんだろ!」
もう一度、さっき口にしたのと同じセリフを口にし、俺は上着を手に立ち上がった。
「無理しなくていいよ」
そんな俺とは対照的に、吾郎はソファに腰を据えてしまっている。
「行くぞ!!」
ドアノブに手を掛け吾郎に呼び掛ける。
でなきゃ、お前がわざわざこんなとこまで出て来た意味がなくなんだろ。
その・・・幻想的な、って言うの、見てぇんだろ?
そのためにわざわざこんな所まで来たんだろ。
ドアを開けて上着を羽織り、吾郎を振り返る。
・・・仕方ないね・・・と言外に滲ませて、吾郎がさも面倒そうにソファから
腰を浮かせる。
なんだよ、そのタイドは。
まるで、俺が無理矢理お前を誘ってるみてぇじゃねぇか。
内心ではそう思いつつ、俺は諦めの溜息を洩らし、いかにも、な、吾郎らしい
態度に苦笑する。
「このホテルからね、歩いて行けるくらい近いんだよね」
二人連れ立って歩きながら、吾郎が隣で白く息を弾ませる。
確かに周囲はカップルだとか家族連れだとかで、夜にも関わらず結構、
賑わっている。
「確か・・・こっちの河川敷に・・・・」
フワリと零れた淡い綿色の衣を纏った声と同時に角を曲がった途端、目の前に
広がった光景に思わず驚きの溜息が洩れる。
「・・・・すげぇ・・・・」
ざっと100個は下らないミニかまくらの中にろうそくが灯されて、淡い
オレンジがかった黄色の光りが、真っ白な雪の結晶に反射して柔らかな
佇まいを描き出している。
斬り付けるような、刺し込むような厳しい、痛いほどの冷たい空気の中で
その素朴な色合いの醸し出す温かさが、心の染みるようだった。
真っ白な雪に映えるオレンジ色の光り。
その風景を水面(みなも)に宿して、更に煌く河の流れ。
「・・・・・綺麗だねぇ・・・」
謳うように、うっとりと溜息をつくように、吾郎が口元に柔らかな笑みを浮かべる。
辺りの幻想的な雰囲気に自然と、静まり返った静寂を壊さないように、そっと
添えられた声。
こんな甘やかな、密やかな、そして、楽しげな囁きを俺が一人占めしちまって
いいのかね、と、世の女性達に申し訳ない気分にもなるんだが・・・・
ま、メンバーの中の1番親しい友人という事でご理解頂くとして。
吾郎もな・・・・なんで俺を誘うんだか・・・・その辺り、ちょっと理解
出来なかったりもしない事はねぇんだが・・・・
それでも・・・・嬉しい事には違いないんだけどな。
暫く、想像を遥かに超えて、幻想的に美しい光景に見とれていたんだが、
歩いているうちはそれなりに温まっていた体も、動きを止めると途端に
しんしんと体の芯に染み込んでくるような冷気に、段々と体温を奪われて行く。
思わず、無意識のうちに体を震わせて、両腕で体を抱き締めるようにして
肩を竦めた俺に、吾郎は暖かな眼差しを向けて
「寒い?」
と小首を傾げた。
「ちょっとな」
それを認めるのは少し悔しい気もしたが、見栄を張っても仕様がないので
一応、頷く。
「だから言ったのに。無謀な事するんだから」
口ほどにもない優しげな表情で俺を見詰め、そう言った吾郎の瞳に不意に
悪戯っぽい光りが宿る。
その表情を今まで嫌と言うほど見て来ている俺は、何か良からぬ事が起こる
予感に咄嗟に身構える。
「俺が暖めたげようか?」
・・・・・俺が女だったら、そうしてくれ・・・・
内心でそう答え、それでもそれを口にする気力は俺の中には残されていない。
身構えていたにも関わらず、想像以上の攻撃に、完全に撃ちのめされて、
全身から力が抜ける。
完全な脱力状態。
そんな俺を至極楽しげに眺め、吾郎がポケットから何かを放って寄越す。
どうにか残っていたらしい最後の力を振り絞って、ってほど、大袈裟な事でも
ねぇけど。
反射的に放られたモノに伸ばした両手の平に、乗っかったモノはホカロンだった。
「これも」
そう言いながら自分の襟元からマフラーを解いて、俺の首に巻きつけて来る。
「いいって。お前が寒いだろ、それじゃ」
一応、ホカロンも受け取った事だし。
「大丈夫。俺、完全防備してるから。こう見えても」
という吾郎の服装は、特にそんなに寒さ対策をしているとか、完全防備している
とか言うような服装でもねぇけどな。
カジュアルな黒の革のジャケットに白に近い淡いブルーのジーパン。
インナーの白のやたら複雑で緻密な編地の・・・そりゃ、お前、手編みだろう、
どう見ても・・・・なアラン模様のセーターは確かに暖かそうではあるけどな。
ついでに言うと今、俺の襟元を彩ってるシルバーグレイのマフラーも手編み
っぽいよな。
肌触りとかが凄くいい。
柔らかなんだけど、しっかりとして質感があって。
軽いけど暖かい。
質のいい糸で編まれた、いいモノなんだろうなって、容易に想像がつく。
「俺とそんなに変わんねぇように見えるけど?」
それでも、俺とそんなには変わらないだろうと思う。
俺は毛足の少し長めのモコモコっとした黒のジャケットに、極シンプルな
ニット地のボーダーのセーターに革のパンツ。
で、今、吾郎から貰ったホカロンと借りたマフラー。
俺の方が見た目、完全防備だろ。
「実はね、冷え込むの前以て調べてたから、ネットで。で、試しにこの前
ネットで買った、NASAで開発された特殊素材で出来てるアンダー、着て
来たの。人の体温に反応して放出される、遠赤外線効果の放射熱を利用する
仕組みらしくてね。薄いけど暖かい。着てるの全然、分からないでしょ?」
・・・・はいはい・・・・
分かったから。そんなに嬉しそうに語るな。
とにかくネットで買った怪しげなブツを試しに着てるわけだな。
で、暖かい、と。
「俺はこれで十分だわ・・・・」
吾郎のマフラーに顔を埋めて。
このマフラーを外して俺の首に巻いてくれた時に、微かに残っていた吾郎の
体温と、仄かに残るコロンの香り。
そして・・・・その気持ちと・・・・
それだけで十分。
満たされるモノってあんだろ。
そういう感じ?
「そうなの?良かったら木村くんも使って見る?結構、いいよ」
嬉しげに勧めてくれる吾郎の言葉を丁重にお断り申し上げて、俺はポケットの
ホカロンを握り締めた。
「町の中には大きなかまくらがあってね、ちょっとしたおもてなしとか、して
くれるらしいけど」
行く?と言外に滲ませて吾郎が首を傾げる。
「いや・・・いいだろ。やめとくわ」
吐く息が白く踊って、夜の闇の中に溶けて消える。
この景色、もうちょっと味わって居たいじゃん。お前と二人で。
隣の秀麗な横顔に無言の視線を投げて、満たされたその表情を堪能する。
「お前、この後、どうすんの?」
さすがに全身を斬り付けてくる寒さに、ホテルに戻りつつ尋ねる。
お互いに年が明けてからは超がつくほどのハードスケジュールで。
スマスマの収録でもヘタすっと全員揃わねぇんじゃねぇの、って思えるほどの。
俺はロケでこんなとこまで来てる訳だが、吾郎は・・・どんなスケジュール
なんだ?
「最終の夜行で帰る。明日も映画の撮影だし」
事も無げに、当り前のようにそう言ってのける吾郎の横顔を唖然として見詰める。
「はあっ?!」
あり得ねぇだろ?!
じゃあ、マジでわざわざあれを見るためだけに、こんなとこまで来たのか?!
確認すんのは怖い気もすっけど。
けど、確かめずにはいられねぇし。
「マジで?マジでお前、あれを見るためだけに来たの?!」
「うん。木村くんがこっち来てるって聞いたから。一緒に見たいかなぁって
思って」
「なんで?!」
「・・・・・さぁ、なんでだろうね?」
ある意味、妖しげな、含みのある笑みで一瞬捉えた俺の視線を、その一瞬後
には、あっけないほどあっさり外して、吾郎はさっさと駅の方へ進路をとる。
「じゃあね。今日は付き合ってくれてありがとう」
印象的な綺麗な笑みを残して、吾郎は俺に背中を向ける。
・・・・ほんと分かんねぇヤツ・・・・
遠ざかる細い背中を、俺は見えなくなってもまだ、見詰め続けていた。
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