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マナーモードにしている携帯が、受信を知らせるべくディスプレイを点滅
させながら振動している。
・・・・こんな時間に・・・誰・・・?
夜中の1時過ぎ。映画のロケを終えて、帰宅したのは12時過ぎ。
極、軽い食事と手早い入浴を済ませ、ベッドに潜り込んだ矢先の電話だった。
・・・・寝た振り、しちゃおっかな・・・・?
もちろん、目の前に誰かが居るわけではなくて。
電話の相手に対して、なんだけど。
数回、呼び出し音が繰り返されているであろう、いつまでも止まらない携帯の
振動を俺はボンヤリと眺める。
・・・・しつこいね、結構・・・・・
ふと、思い当たる事があって、携帯に手を伸ばす。
ディスプレイを自分の方に向け「やっぱり・・・」と、分かりきった事を確認
する時の、諦めにも似た心境でそこに表示されている名前を見詰め、俺は
受信ボタンを押した。
「・・・・・はい」
「・・・・こんばんわ」
笑いを含んだ声には、けれど、幾らか申し訳なさも含まれていて。
そういった微妙な声の調子の違いに気付けるのも、長年のお付き合いのお陰と
言えるんだろうけど。
「・・・・こんばんわ」
そんな挨拶など、もう何年来した事がないように思えて、少しだけ口元が緩む。
「で、何?こんな時間に」
けれど、ドッと疲れがこみ上げて来る事には違いない。
知らず知らずの内に声に滲み出る不機嫌さを、今更隠そうとも思わない。
「お前、もう、行った?」
この問いにどう答えろって言うんだろう・・・・
「どこに?」
無意識のうちに零れそうになる溜息を飲み込んで、問い返す。
「慎吾の」
・・・・何か気に入らない事でもあるのかなぁ・・・・?
いつもは聞きもしないのに、必要以上に様々な形容詞でもって、冗長とも思える
会話を繰り広げるはずの木村くんの、必要以上に省略された言葉の数々に幾らか
疑問を感じつつ。
「・・・・木村くん?もう少し分かりやすく話してくれないかなぁ・・・・」
「お前、慎吾のプレゼント、もう、買いに行った?」
漸く、ちゃんとした質問を受けて、ホッと息をつく。
「眠いの?木村くん。疲れてる、とか?」
俺は木村くんの質問には答えず、その事を尋ねた。
どう考えても様子がおかし過ぎる。
「・・・・すっげー疲れてる。もう、体、ガタガタ。生きてんのが不思議なぐらい」
いつもの木村くんらしい言い方に少しだけ安堵の息をつく。
「ホッケー?」
「他に何かある?」
「大変そうだよねぇ。たまーに運良く撮影秘話とか見たりするんだけど。60kg
だっけ?プロテクター。俺一人抱えて滑ってるみたいなもんだもんね」
「お前、60kgもあんの?」
「今はないかも。撮影入って痩せたしね」
「お前、ドラマとか入ると一気に痩せんのな。大丈夫なの?体調とか」
「平気。体調はすこぶるいいよ。生活にハリがあって。遣り甲斐あるし」
「・・・・で、それはいいんだけどぉ」
突然、ガツン!と話題を切り替えるように木村くんの声が凄味を帯びる。
「あぁ、ごめん。ごめん。慎吾のプレゼント、だっけ?まだ、だけど?でも、
俺も最近忙しいし。ネットで適当に探そうかなぁ・・・なんて・・・」
「お前なぁ・・・」
言いかけている俺の声を遮った木村くんの声が、明らかな非難に尖っている
事に気付いた俺は
「なんて。冗談、冗談だよ。何?木村くんはまだ、なの?」
と慌てて矛先を変えようと話を振る。
案の定、木村くんは
「一緒に行かねぇ?」
と誘いかけてくる。
「いつ?木村くん、いつ、空くの?」
「明日」
「明日、かぁ・・・・俺は収録が終わり次第、って感じかなぁ。でも、何時に
なるかは分からないけど・・・・」
「んじゃ、お前はいつなら空くの?」
「って言うか・・・お互いのスケジュール合わせるなんて不可能だって。
今、忙しいピークじゃない、お互い」
木村くんの問いに俺は極めて現実的に返す。
「・・・・・・・・・」
電話の向こうが急に静かになり、俺は一瞬、木村くんが寝ちゃったんじゃないかと
焦る。
「木村くん?木村くん?!起きてる?!」
「・・・・起きてるって。ま、じゃあ、今回の話はなしって事で」
「・・・・そうだね。それじゃ、おやすみなさい」
「・・・・おぅ。おやすみぃ」
今にも死にそうな声でそう言って、木村くんからの電話は切れた。
木村くんも相当堪えてるみたいだよね、あの様子だと・・・・
ハードな撮影みたいで心配はしてたけど・・・・
なのにさ、わざわざ、貴重な休みの日を潰してまで、慎吾のプレゼント探しに
行こうだなんて。
慎吾も幸せ者だよね。
俺、マジでネットで済まそうと思ってたもん。
どう考えたって、時間、ないし。
って、こんな俺って、やっぱ、冷たい?冷たいのかなぁ・・・?
うんともすんとも言わない携帯を、答えを求めるように見詰め、また、サイド
テーブルに戻して、掛け布団を肩まで引っ張り上げる。
明日のロケは・・・・
頭の中でスケジュールを確認している間にも、俺は泥のような眠りの中に引きずり
込まれてゆく・・・・
翌朝、その日は兼ねてから予想通り、天気予報が見事に的中して、朝から
土砂降りの雨。
幾らか雨脚が弱まれば、強行撮影の予定で、半日雨待ちしたけど、どうにも
雨は止みそうにない。
「中止だそうです、今日の撮影」
マネージャーさんがそう告げに来てくれたのは、ちょうど、昼食を終えて
お茶を飲んでいる時だった。
「どうされますか、この後?自宅に戻られますか?それとも他に何かご予定とか?」
ドーランを落としている俺の後ろで、撮影用の衣装を片付けながらマネージャー
さんが尋ねかけて来る。
「ご予定がある訳ないでしょ。収録のご予定だったんだから」
割に馬鹿げた質問をされてちょっと、ムッとなり・・・・ふと、昨夜の木村くん
からの電話の事を思い出した。
・・・・木村くん、どうしたかな?
「ごめん、ちょっと、携帯取って?」
鏡とにらめっこしたままマネージャーさんに声を掛け、
「はい、どうぞ」
差し出されたそれを手に取り、短縮ボタンを押す。
数回の呼出音の後
「おぅ、吾郎。何?撮影じゃねぇの?休憩か?」
畳掛けるような木村くんの問いに一瞬、唖然とし。
・・・・わざわざ休憩だからって電話なんかしないって・・・・
内心でそんな事を思いつつ。
「うん。実はね、撮影中止になったから。昨日、言ってた慎吾のあれ、木村くん
どうしたかなって思って」
「マジで?俺、まだ。この天気だしな。ボードの手入れとかしてて」
「確かにね。どこかに出掛けようって天気でもないよね」
俺はあんなに丁寧にセットしたにも関わらず、なかなかに辛い様相を呈している、
鏡に映った自分の髪に溜息をつく。
「けど!!スケジュール、空いたんだろ?だから、電話して来たんだよな?!」
既に出掛ける気なんかどこかへ消失しかけている俺の心を、まるで見抜いたかの
ように、木村くんの声に力が篭る。
・・・・確かに・・・電話した時はそのつもりだったんだろうと思う、けど・・・
「・・・うん・・・まぁ・・・・」
曖昧に言葉を濁していると
「今、どこに居んの?!迎えに行ってやるから!!」
電話の向こうで勢い込んで立ち上がる木村くんの姿が目に浮かぶようだった。
苦笑しているマネージャーさんに見送られ、俺は土砂降りの雨の中を、わざわざ
迎えに来てくれた木村くんの車の助手席に乗り込む。
「・・・・寒いよねぇ・・・・」
車の中は十分に暖房が効いてはいたけれど、何気なく口をついて出た言葉は
それで。
「え?寒いか?温度、上げるか?」
驚いたようにヒーターの温度設定を変えようとしてくれる木村くんに、慌てて
「あ、いや。そうじゃなくて。単なる挨拶」
と訂正を入れると
「紛らわしい事、言うなって」
そのまま、シガレットライターに手を伸ばす。
「いい?」
口に銜えた煙草を示して。
「どうぞ」
間もなく細い紫煙がユラリと車中に上る。
「こないだラジオで言った・・・あの店、ついでだから行かねぇ?」
「あぁ、木村くん好みの綺麗な店員さんが入ったって言う?」
「俺好み、とは言ってねぇだろ?」
「え?そうだっけ?ま、いいや。・・・・いいよ、あのお店で。センスいいし。
ただ、慎吾の趣味に合いそうなものがあるかどうかは・・・・ね?」
「・・・・まぁな」
苦笑して、木村くんは煙草の煙を吐き出した。
「いらっしゃいませぇ」
顔なじみの店員さんに迎えられて、木村くんと連れ立って店内に入る。
こんな天気だからさすがに店内は閑散としていて、まるで、お店まるごと貸し
切っているようで、少し、気分がいいような、それでいて、居心地の悪いような
不思議な雰囲気だった。
「人、少な過ぎない?」
混んでるのはもちろん、苦手だけど、あんまり閑散としているのも、物悲しい
雰囲気が漂っているようで、どうも馴染めない。
「そうか?何か貸し切りみたいで、面白くねぇ?」
俺がチラッと思った事と同じ事を感じていたらしい木村くんに、少しだけ笑って
しまう。
「何がいいかなぁ。去年は木村くん、ドラゴンボールのDVD、あげたんだっけ?
セットになったヤツ」
「おぅ。お前は?」
「・・・・・
あげてない」
問われて俺は、その辺の商品を見ている振りをして、木村くんから顔を背けた
まま、極、小さく呟く。
「は?」
俺のその答えに木村くんは、俺の顔を覗きこんで目を合わせ、首を傾げた。
この反応は・・・聞こえたんだよね、俺の返事・・・・
「あげてないの」
今更、隠しても仕様がないので、仕方なくはっきりそう断言する。
「なんで?」
「気がついたら慎吾の誕生日過ぎてて、何か今更、誕生日おめでとう、なんて
プレゼントあげられるような雰囲気でもなかったんだもん」
「って、お前・・・気づいた時にでもやれよ、ちゃんと。中居なんかでも、
忙しいせいもあんだろーけど、すっげー遅くなってからでもちゃんと渡して
くれんだろ、プレゼント」
「中居くんは律儀だからね」
「そういう問題じゃなくて」
「まぁ、何、あげていいのか分からないっていうのも、正直な所、あるんだけどね。
15年付き合って来てても、何か、そういうとこ、あるよね、俺達」
「・・・・お前だけだろ、それは」
呆れたように木村くんがうそぶく。
「そう?そうなのかなぁ?」
少し納得行かない気はしたけど、それ以上、俺に反論の言葉はなくて。
「これなんか好きそうじゃねぇ?慎吾」
木村くんが広げて見せたのはドクロのバックプリントの入ったジージャン。
「それは木村くんの趣味なんじゃないの?」
と、とりあえず突っ込んでおく。
「ねぇ、こんなのはどうかな?」
俺は原色系の色んな色の交じり合った幾何学模様のセーターを広げて見せる。
「・・・・微妙」
木村くんはさほど興味がなさそうに、一瞬の内に顔を逸らす。
「インパクトがねぇとな・・・」
「好みに合わないと・・・・」
「アニメ系なんか、どうよ?」
「持ってるでしょ?」
「家具とかねぇ、インテリアとか、興味あるらしいけど?」
「あいつの趣味、イマイチ、分かんねぇからなぁ」
あぁでもない、こぅでもないって言いながら店内を散策する事、2時間。
「あ、そう言えばさ・・・・」
ふと、ある事が頭をよぎる。
ん?
すぐ隣でアーミーナイフを弄んでいた木村くんは、少し首を傾げて俺に視線を
向ける。
「・・・ラジオで言ってた人って?」
割と近くで商品のディスプレイをしている店員さんに聞こえないように、俺は
木村くんの耳元に顔を近づけて小声で囁く。
「・・・あぁ、何か、今日、休みみたいだな。俺も見かけたら吾郎に教えて
やろうと思って、チラチラ探してんだけど、さっきから」
木村くんはパチン!!とナイフの刃をしまって、商品を元の位置に戻す。
「なんだ、つまんないの」
肩を竦めた俺に木村くんは意味ありげな笑みを返し
「・・・また、連れて来てやるから」
今度は木村くんが俺に顔を近づける。
・・・・いや、別に顔、近づけて囁く内容でもないと思うよ、木村くん・・・
そのまま振り向けば唇がくっつきそうなぐらい至近距離で囁き合ってるのって
・・・・・・何か誤解招きそうで気が気じゃない。
見て見ぬ振りしてくれてる店員さんの視線を、微妙に感じるんだよね。
「他の店に移動する?」
「その前にちょっと、休憩しねぇ?喉、乾いたし」
「・・・そう言えばそうだね」
結局、慎吾へのプレゼントは見つけられないまま、俺は最近、ちょっとお気に
入りのアロマオイルを、木村くんは、いかにも木村くんらしいTシャツを
セレクトしてその店を後にした。
いつの間にか雨は止んで濡れたアスファルトが、雲の間から零れてくる弱々しい
冬の日差しに反射して黒く光っている。
お店を出た途端、全身に突き刺さって来るような、鋭い冷気の刃に挑むように
コートの襟元を合わせ、背を伸ばす。
駐車場へ歩きかけた俺の視界をふわり・・・と。
頼りなげに、優しげに、舞い降りる白い花々・・・
「雪じゃん」
空を見上げて木村くんが呟く。
「雪だね」
同じように俺も。
「「寒いと思った」」
二人同時に言葉が零れて、目を合わせて笑い合う。
「積もると思う?」
「どーだろーな?」
でも、もし、積もったら、きっと、メンバー全員で子供みたいに雪遊びするん
だろうな、なんて想像にちょっと笑みを洩らして。
そうなったらちょっと楽しそうかな、とか。
「積もったらみんなで遊ぶか?」
同じ事を考えていたらしい木村くんの言葉にちょっと、驚いて。
そして、頷いて、俺は助手席のドアを開けた。
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