|
『 七夕 』
「クリフくんは七夕、知ってるでしょ?」
仕事を終えて宿屋に戻ったボクを訪ねて来たクレアさんは、部屋に入るなり、
その綺麗な青い瞳をキラキラと輝かせて言った。
「知ってるよ」
そう言えば・・・・
もうすぐ七夕だっけ?
年に一度だけ、別れ別れになった恋人達が逢瀬出来る、たった1日の日。
ロマンチックだとかなんとか、女のコの好きそうな伝説だけど、ボクは
好きじゃない。
1年でたった1日しか会えないなんて、やっぱり、どう考えても辛いよ。
そういう状況を作ったのが例え、本人達だったとしても、やっぱり、幾ら
なんでも思いやりのない話だと思うんだよね。
・・・・・って、熱く語るほどの事でもないんだけどさ。
相変わらず、何の脈絡もなしに突然、話を振られることにもだいぶ慣れて、
ボクはベッドに腰掛けたまま、ボンヤリとクレアさんを見ていた。
「座ってもいい?」
「あ、・・・どうぞ」
そんな事をわざわざ聞くなんて珍しい・・・・・
いつもだったら勝手に椅子、引っ張り出して座るくせに。
だから、ボクもわざわざ椅子を出したり、座るよう勧めたりもしなかったのに。
クレアさんの問いを訝っていたら、クレアさんはストン、とボクのすぐ隣に
腰を下ろした。
それもかなり至近距離で・・・・
肌が触れ合うほどではないけれど、でも、ほのかに体温が伝わって来る程度には
近くて・・・・・
・・・・・・え?
思考回路が停止する。
体が硬直する。
・・・・・・えっと・・・・・・・
混乱する頭の中で必死に考える。
いきなり立ち上がったら、やっぱり、まずいよね・・・・
これって・・・・クレアさんは意識してやってる?
それとも、無意識?
・・・・・たぶん、後者。だよね、やっぱし・・・・・
そう思うと少しだけ落ち着いて、ボクはクレアさんにバレないように、小さく
息を洩らして、肩を竦めた。
「カレンちゃんとかポプリちゃんとかエリィちゃんとかランちゃんに聞いたら、
みんな、知らないって言うの」
まぁ、そうかもね。この町には七夕なんてなさそうだし。
「でね、教えてあげたいじゃない?素敵じゃない?七夕のお話」
そう言った時のクレアさんの瞳は、ちょっと夢見るように潤んでいて。
クレアさんも女のコだったんだなぁ・・・・・
意外な所で意外なものを見つけた気分。
「そうだね。女のコとか好きかもね。あぁ言うの」
反論するつもりはないので、取り敢えず同意する。
「でしょう?!」
我が意を得たり、とばかりクレアさんが身を乗り出して来る。
ただでさえそばに座っていて近くにあった顔が更に近付く。
ーーーーーーーー!!
ほとんど反射的にのけぞって・・・・・・
顔、赤くなってるような気がする・・・・・・
ボクは体の位置をずらしながら
「うん」
とだけ答えた。
「良かった。私一人だとやっぱり色々と大変じゃない?準備とか。クリフくんも
手伝ってね」
「は?」
「七夕祭りするから、手伝って」
「はぁっ?!」
クレアさんの気持ちは分かる。
分かるよ、多分。
でも、わざわざ、七夕祭りをやらなくてもいいと思う、ボクは。
「あっ?!」
一声上げたかと思うと、クレアさんはそれまで輝かせていた瞳をさらに、一層
煌かせて言った。
「6日がクリフくんのお誕生日でしょ?一緒にやろう!!お誕生会と七夕祭り!!」
「・・・・いい」
「でしょう?!クリフくんもようやくこの町の住人らしくなって来たし、ちょうど
いいよ。町のみんなにお祝いしてもらって」
「・・・・そうじゃなくて。ボクの誕生会はやらなくていいから」
「どうして?」
「恥かしいじゃない?そういうの」
「そんなことないよ。みんなだって、きっと、お祝いしたいと思ってるって」
「とにかく・・・・七夕祭りには協力するから、誕生会はなしにして」
「変なクリフくん・・・・・」
首をかしげながらも、普段のクレアさんからは考えられないくらいあっさり
引き下がったこの時にボクはやっぱり、気付くべきだったんだろうと思う。
今となっては、そんなことを言ったって、後の祭、だけど。
その日からクレアさんはボクの周辺に頻繁に出没するようになった。
それまでも落ち込んでいるボクのことを心配してくれて、ちょくちょく、
様子を見に、と言うか、とにかく、わりと良く会いに来てくれてはいたけど。
一緒にマザーズヒルに笹がないか見に行こう、とか。
たぶん、ないと思う、とは思ったけど。
飾りつけに使えそうなものを探そう、とか。
雑貨屋さんのラッピングペーパーとかは、どう?と考えたりしたけど。
ボクは毎日、教会に通うこと以外はこれと言って仕事もなかったから、
誘われるままに付き合っていたんだけど。
クレアさんは、自分の牧場の仕事も掛け持ちでやっていたから、とても
大変そうで、たまにボクも水遣りとかを手伝ったりもしたんだけど。
そんなある日、たまたまボクが教会から帰って来たのと、グレイが図書館から
帰って来たのが、一緒になったことがあって、階段でグレイに腕を掴まれた。
「この頃、なんか、いつもクレアさんと一緒に居るよな、クリフ」
クレアさんの前だったら、絶対に見せないような鋭い視線で、グレイはボクを
見据えている。
「そ、そうかな・・・・」
ほんとはそうなんだけど・・・・・
「そうだよ。俺がクレアさんを見掛ける時には、必ず、お前も居る」
見掛けるって・・・・・いつ?どこで?
ボク、会ったことないよ、グレイと。
「せっかく、声掛けようと思っても・・・・・・」
グレイの声が低く沈んで途切れた。
「あ、あのさ。七夕、知ってる?」
これじゃまるで、クレアさんだよ。何の脈絡もない・・・・・
案の定、グレイは思いっきり呆れた顔で、はあっ?!と間抜けな声を上げる。
「クレアさんがね、なんか七夕祭りやりたいらしくって、その手伝いを
やらされてるんだよ、ボク」
「やらされてるぅ?させてもらってる、の間違いだろ」
グレイの突っ込みは聞かなかったことにして。
「だから、グレイも一緒にやろう」
そう。そうだよね。人数多い方が、楽・・・・あ、いや・・・・早く出来る
よね、何でもさ。
階段でごちゃごちゃやっている所へ、事の張本人、クレアさん、登場。
「クリフくん!・・・あっ、グレイくん。こんばんわ」
グレイには挨拶するんだね・・・・
ボクにはいつでも、何でも、いきなり、なのに。
「こ、こんばんわ」
グレイは帽子の鍔をグッとさげて、心持ち斜め下に視線を落とす。
「グレイも七夕祭りの準備、手伝ってくれるって」
クレアさんが口を開く前に先手を打つ。
そうしないと、クレアさんのペースに持って行かれちゃうし。
「話しちゃったの?」
クレアさんの瞳に非難めいた色が浮かぶ。
「いけなかった?」
「秘密にしておいて、みんなの事、ビックリさせたかったのに」
クレアさんは不満げに口を尖らせて、頬を膨らませる。
そんなクレアさんの表情にグレイは少し、驚いて、そして、酷く幸せそうに
頬を緩ませた。
グレイはさ、アイドルを追っかけるファンのコのように、なんかクレアさんを
やたら、神聖化しちゃってるみたいで、たまに話を聞いてても、『いや、そんな
事は全然ないよ』とはっきり断言したくなるような事をのたまってくれるけれど。
ま、その事はグレイの沽券にも関わるんで、詳しく言及するのはやめるけど。
だから、グレイにとって、思いがけないクレアさんの表情って言うのは、
思いもかけないラッキーだったんだろうな・・・・・
「でも、どうせなら、みんなで用意した方が楽しくない?準備も飾り付けも」
ボクは怯みそうになる気持ちを必死で、叱咤激励しつつ言葉を続ける。
「・・・・・・うん」
「ね?そうでしょ。飾りは女のコ達みんなで作ってさ、場所は図書館がいいよね。
広いし。竹はザクに頼んで他の町で調達してもらってさ。笹に短冊とか吊るすのは
ボク達がやって。その方がきっと、楽しいよ」
ボクは畳み掛けるように言葉を続ける。
「・・・・そっかぁ。うん。そうだよね。何か楽しそう!!」
パッと顔を上げたクレアさんの目がキラキラ光っている。
「どうなら、飾り作りも全員でやろう!!」
「えぇ〜〜〜?!」
クレアさんの提案はやっぱり突拍子もなくて、ボクは果てしなく引いてしまった
けれど。
「いいよね。うん」
グレイはどこか違う世界でも見ているように、嬉しそうに呟いた。
かくして、図書館は連日、ミネラルタウンの住人達で溢れ返り。
「ドクター、そこ、違いますってば」
エリィちゃんが危なっかしげなドクターの手元を覗き込んでは、事細かに
説明したりだとか。
「いや、こういう事はやった事がないんだよ、僕は」
困りきってるドクターとか。
「カレンちゃん、それ、面白い!!ワインボトル型の飾り」
ランちゃんが声を上げれば
「ランちゃんのだって。オムライス型の飾りってあり?」
とか、カレンちゃんに突っ込まれ。
「カイ、見てぇ。ポプリのお願い。いつか、カイと一緒に海の向こうの町へ
行けますように」
ポプリが夢見るように微笑み
「・・・え?・・・・・」
固まるカイが居て、そのカイを思いっきり睨みつけながら、ポプリの短冊を
取り上げてしまうリック。
「もっと、他の願い事があるだろ。早く、お父さんが帰って来ますように、
とか。お母さんの病気が良くなりますように、とか」
リックの言葉に周囲の空気がドヨ〜ンと重くなったり。
「なんだか、嬉しいのか悲しいのか複雑な気分だわ。図書館が賑わってくれる
のは嬉しいけど、誰も本を読んでくれないし・・・・」
コツコツと輪繋ぎをしながら呟くマリーが居て。
「ザク!!こっち、こっち!!」
見上げれば数メートルはありそうな、巨大な笹を調達して来てくれたという
連絡を受けて、ボクとグレイとクレアさんはローズ広場に駆け付けた。
「すっご〜い!!」
嬉しそうにはしゃぐクレアさんは、いつもよりも子供っぽく見えて、ちょっと
微笑ましくて。
「これは・・・・飾り付け、大変かも・・・・」
現実的に呟くグレイにも、ちょっと笑えて。
当日は絶好の七夕祭り日和。
みんながそれぞれ腕によりをかけて作った料理を持ちより、立食パーティー
さながらに並べられ、デュークとダッドがワインやジュースなどの飲み物を
提供してくれた。
美味しい料理に舌鼓を打ち、ワインの馥郁とした味わいを楽しみ。
「七夕なんて、なんだか、懐かしいな」
ドクターやグレイ、カイにマリー。もちろん、ボクやクレアさんも。
他の町から来た人達は、思いがけない所での、思いがけない出来事に、
自分達のそれまでの記憶を重ね合わせて、懐かしんだりもしたし。
七夕を知らなかったミネラルタウンの人達は、七夕伝説をとても
興味深げに聞いていたし。
クレアさんが女のコ達に教えた七夕の歌を、楽しげに合唱し始めて。
ボクはそっと、その場を離れる。
人のたくさん集まる所は、なんとなく、苦手。
そして、ボクはこの町で一番星空が良く見える場所へ行く。
手を伸ばせば届きそうなほど、星空は近くて。
天の川の両側には、一際輝く織女星と牽牛星。
短冊にたくさんの願い事が書かれてたけど、みんな、きっと本当に叶って
欲しい願い事は書けなくて。
多分、ポプリは特別で・・・・・・・
自分の胸の中で静かに息づく想い。
だから、大切で、純粋で、我が侭で、少しだけ痛くて・・・・・
ボクにはそんな願い事なんてないけど。
願うことなんて、あの時のあの瞬間から、しなくなってしまったけれど。
でも、もし、何か一つ願いが叶うなら・・・・
お願いです。
あの時に時間を戻して下さい。
大切なものを失う前のあの時に・・・・・
見上げた空に、ツイーッと星が一つ流れて。
それはまるで、ボクの頬に伝った涙のように。
人の気配がした。
微かだけど、確かな。
「せっかく、お誕生日、お祝いしようと思ってたのに」
・・・・・断ったのに。
「気がついたら居ないんだもん」
声の主はボクから少し離れた所に静かに座り、まるで独り言のように呟いた。
「凄く星が良く見えるね、ここ。綺麗・・・・・」
遠慮がちな囁きが吐息に乗って流れる。
「織姫と彦星の失敗の代償が、こういう伝説になって今の世の中にも
語り継がれてるけど・・・・償いの方法なんて、幾らでもあるよね」
・・・・・そうかも知れないけど・・・・・
「いつまでも過ぎてしまったことを悔やんで、うずくまってるクリフくんを
この星空の中で見ている人が居るんじゃない?その人はきっと、悲しんでる
よね、そんなクリフくん、見て」
そう言われてボクはクレアさんを振り向いた。
「みんな、自分が一番大切に思っている人に、幸せになって欲しいと思ってる。
クリフくんにも居たでしょ?クリフくんのことを大切に思ってくれる人。
その人のために、クリフくんは自分が幸せになってあげないといけないと
思う。それが一番の罪滅ぼしになるんじゃない?」
ボクが幸せになる?
ボクを大切に思ってくれた人のために、自分が幸せになる・・・・・
そんな事は、全く考えたことがなくて・・・・・
そういう考え方はとても新鮮で、それまで囚われ続けて来た過去から
解き放たれるような気がした。
「それで・・・・だから、クレアさんはいつも笑顔なんだ・・・・・」
やっと分かった気がした。
いつも不思議に思ってた。
いつも羨ましかった。
いつも、少しだけ疎ましかった。
元気で明るくて、笑っているクレアさんが。
クレアさんも、きっと、自分を大切に思ってくれた人のために、一生懸命・・・・・
「生きてるんだもん。だから、まだ、チャンスはあるし。過ぎてしまった
時間はもう、戻せないけれど、新しい時間はこれから、作って行くことが
出来るんだから。失敗は取り戻せばいいじゃない。それもしようとしないで、
ただ、ジッとしてるなんて・・・・・」
クレアさんの瞳に映ったボクは、泣き笑いのような変な顔をしている。
七夕なんて好きじゃないと思ってたけど・・・・
でも、今日は、ボクが今までのボクから少しだけ変われそうな、そんな日
だから・・・・・
「お誕生日、おめでとう」
クレアさんの言葉が音のない世界に吸い込まれて、夜空を彩る星達のように、
キラリと煌いた。
|