『 苺 』
「見て、見て!!」
新しく芽吹いた木々の新芽のように、生き生きと
輝くような笑顔で彼女がボクを手招きする。
ボクはちょうど果樹園の仕事を終えたところで。
教会に行こうとしていた足を牧場の方に向けて、
歩き出した。
彼女はそんなボクをじれったそうに見ていたけれど、
待ち切れなくなったのか、牧場の入り口の階段を
駆け下りて来て、ボクの腕を引っ張る。
「早く、早く!!」
ボクはなんだか訳がわからないまま、彼女に半ば
引きずられるようにして、階段を上り・・・
目の前の景色には特に変わった様子はなく、いつもと
同じ見慣れた牧場の風景が広がっていて、彼女が
こんなにボクをせかす意味が益々わからなくなる。
「別に何も・・・」
言いかけるボクの声を遮って
「こっち、こっち」
彼女はボクを畑のある一角に引っ張っていく。
そして、不意にしゃがみ込み
「ほら?」
嬉しそうにボクを見上げる。
眩しそうに少し目を細めて。
ふわり・・・と風が吹いて、彼女の綺麗な髪を
その指先で梳くように弄びながら、通り過ぎて行く。
ボクは訳が分からず、同じように彼女の隣にしゃがみ込み、
彼女の指差す先を目で追って。
「あ・・・」
「ね?」
彼女がボクを振り返ってニッコリ笑いかける。
彼女の指先には、たった一粒だけ真っ赤に色づいた苺。
「まだ一つだけなんだけど、嬉しくて。真っ先に
クリフに見せたかったんだ」
頬を紅潮させて。とても満足げに。
そう言えば、ずっと苺、作りたいって言ってたっけ。
好きなんだって。
「良かったね」
何かもっと、気の利いた、彼女の喜ぶようなことを
言ってあげたいと思ったけど。
何も言えなくて。
それでも彼女はとても嬉しそうに肯いて、そっと
その苺に手を伸ばすと、愛おしそうにプチン・・・と
摘みとって。
「え?」
とても自然な仕草でボクの口元にその実を差し出した。
・・・・えっと・・・・・・
ボクはちょっと戸惑って。
うっすらと頬が赤らんでくるのを自分でも感じる。
けれど、彼女は相変わらず、その手を口元に差し延べたままで。
どうぞ。
目がそう言っている。
結局、ボクはそのまま差し延べられた実を口に含む。
甘くて酸っぱい味が口一杯に広がって。
土の匂いと風の香りと・・・自然そのものの。
春の味。
ウズウズするような新しい期待に膨らんだ胸のような。
「うん。美味しい」
心配そうにボクを覗き込んでいた彼女の瞳に
微笑んでみせる。
ホッと彼女は息をついて、安心したように笑顔を
浮かべて。
「最初にクリフに食べてもらいたくて」
嬉しそうに笑う彼女に、苺の味を教えてあげたくて。
そっと彼女に口づける。
「・・・・苺の味・・・・」
苺みたいに真っ赤になった彼女が一言、そう呟いた。
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