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カメハメハ大王みてぇなヤツだな、って、ゴローの事、思った事があった・・・・・・
大雨洪水警報ってヤツが出て、幼稚園がお休みになった。
折角、休みになったから、遊びに行こうとしたら「危ないからダメ!!」って怒られた。
それでも、俺は遊びに行きたくて。
「じゃあ、じゃあ、雨が止んだら、外、行ってもいいか?!」
かあちゃんにそう聞いたら、
「雨が止んだらね」
って、かあちゃんはちょっとバカにしたように口端を持ち上げて、にっこりと笑顔を作った。
ふん!!
大雨洪水警報が何だっつーんだよ。
台風がどうした、って?
俺はむしゃくしゃした気持ちのまま、リビングのガラス戸に張り付くようにして、ずっと
外を睨んでいた。
どれぐらいの間、そうやって睨んでたのか分かんねぇけど。
かあちゃんはいつの間にか洗濯とか掃除とか、そういうモロモロの家事をするために
リビングからは居なくなってて。
俺は俺で、さすがにいい加減、外を睨んでいるのにもくたびれ始めていて。
ゲームでもすっかな、って。
テレビの方に向き直ろうとした瞬間、眼の端にやたらと鮮やかな青が過ぎった気がして、
慌てて、もう1回視線をそこに戻すと。
これでもかっ!!ってぐらい鮮やかな青い傘に、おんなじ色のレインコートと長靴までを
ご丁寧に着込んだ見覚えのある姿がそこにあって。
雨の日はどうしても外に出るのがイヤだって。
幼稚園に行き始めて、初めて雨が降った日に駄々をこねて大騒ぎになり、結局、余りにも
嫌がって大泣きするもんだから、おばさんも根負けして幼稚園をずる休みしちまったゴローの
ために、ゴローの大好きな青で傘とレインコートとおまけに長靴までコーディネートしたって
曰くつきの。
それは俺の見間違いでなければ、隣んちのゴローの姿だった。
ゴローの姿には違いなかったんだけど・・・・・
あんなに雨の日の外出を嫌うゴローが何で、そんなとこに、しかも一人で突っ立ってんのか、
俺は余りにも現実味の感じらんねぇ姿に、ちょっとの間、ぼーっしちまって。
何しろ、俺の知ってる限り、ゴローはカメハメハ大王みてぇなヤツだったから。
初めて幼稚園でカメハメハ大王の歌の歌詞を知った時、真っ先に頭に浮かんだのが、こいつって
ゴローみてぇなヤツだな、って。
『風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みで』
ほんとにまんま、ゴローがそうだったから。
風の強い日には「髪が乱れちゃうよね」とか何とか言って、いつまでもグズグズしてて、
ほんとに遅刻しそうだったし、雨の日には「髪がくるんくるんになるから、絶対に外に
出るのヤだっ!!」って、言い張って聞かなかったし。
「こんな頭、幼稚園の先生とか女の子達に見られるの、絶対にヤだ!!」って。
ヤローはどうでもいいんだよな、ゴローにとっては。
大事なのは幼稚園の美人の先生にどう見られるか、だとか、クラスの女の子にどうしたら、
モテるか、って事で。
挙句の果てに
「僕のビイシキが許さないよ!!ウツクシクないっ!!」とか。
訳の分かんねぇ事、喚きやがって。
俺がド突き倒してやったんだ。
下らねぇ事、ほざいてんじゃねぇぞっ!!って。
そんで、ほとんど無理矢理、強引に引き摺って幼稚園まで連れてってやって。
ゴローのおばさんに感謝されたんだよ、随分。
「さすがヒロちゃんね。ゴローの扱いに慣れてるわぁvv」って。
おばさん・・・・・おばさんがもうちょっと、ゴローの扱い、上手くなって下さい。
って心ん中で思ったけど。
そういう訳で、その歌の歌詞を聴いた時、コイツってゴローみてぇだな、って思って、
そして、それがゴローってカメハメハ大王みてぇだな、に変換されたんだった。
そんな、カメハメハゴローが。
かなりの勢いで叩きつけて来る雨の中を、ぎゅっと傘を握り締めて、歩き出そうしてんのを
見て。
あっ、そっか、って。
ゴローのヤツ、知んねぇんだ、幼稚園がお休みになった事、って気付いて。
「ゴローっ!!おいっ!!ゴロー!!」
って。
母親がそこに居たらぜってぇ、怒られただろーけど、俺はリビングのガラス戸を力一杯
叩いてゴローを大声で呼んだんだけど、雨の音が凄くて、ゴローには全然、聞こえてねぇ
みてぇで。
ゴローの姿は確実に俺から遠ざかって行く。
やっべーよ!
ゴローのヤツ、いつもだったらこんな雨の日は誘いに行ったって、なっかなか出て来なくて、
出て来てからもほんとに嫌々そうにノロノロとしか歩かねぇくせに。
本当に行くのがイヤでイヤで仕方ねぇって態度、バリバリで一緒に歩いてるこっちまで
何か、イヤぁな気分になって来るっつーぐれぇの。
なのに。
何でだよ?
何で今日に限って一人で、しかも、そんな一生懸命になって幼稚園、行こうとしてんだよ?!
俺はそこに母親が居ねぇ事を幸い、傘を握り締めて玄関を飛び出す。
少し走ったらすぐゴローに追いついて。
「おいっ!!おめぇ、何、やってんだよっ?!ケイホウ、出てんだぞ!!幼稚園、お休み
なのっ!!ほら、うち、帰るぞ!!」
傘を持ってねぇ方の手でゴローの腕を掴む。
ビックリしたみてぇに俺を見たゴローは、それが俺だと分かるとほっとしたように、一瞬
見せた緊張を明らかに解いて。
「ヒロちゃん・・・・・」
小さく呟くようにして漏れたゴローの声は、傘にぶつかる雨の音が邪魔で、はっきり聞こえ
ねぇぐれぇで。
「ほら!帰んぞ!!」
グイッ!!っと腕を引っ張ったら、ゴローは引き摺られまいと足を踏ん張った。
「何、やってんだよ、おめぇ?」
「帰んない」
「は?」
「帰んない」
「って、おめぇ、どこ行くつもりだよ?幼稚園行くつもりじゃなかったんかよ?!」
「えっ?!ヒロちゃん、何で僕が幼稚園、行こうってしてるって知ってるの?!」
「って。幼稚園が休みだって知んなくて、間違って行こうってしてんだろぉよっ!!」
「違うよぉ。幼稚園がお休みだって事ぐらい、僕だって知ってるよ」
バカにしないでよね、って言いたそうにゴローが唇を尖らせる。
「じゃ、何で?!何でケイホウ出てんのに、わざわざ幼稚園なんか行こうとしてんだよ、
おめぇはっ?!第一、おばさん、止めなかったのかよ?!うちの母親なんかよ、鬼みてぇな
顔でダメっ!!って喚いてたぞ、俺が外で遊ぶっつったら」
「そりゃ、怒られるでしょ?ケイホウ出てんのに、外で遊ぶとか言ったらさ」
ゴローのヤロー、いけしゃあしゃあとそんなセリフ抜かしやがって。
「そんじゃ、自分は何だよ。こんな雨ん中を一体、何の目的で休みって分かってて、
わざわざ幼稚園、行こうとしてやがんだよっ?!」
「ケイホウ出てるから・・・・・」
不意に。ゴローの目に真剣な光が浮かんだ。
「ケイホウ出てるから、危ないと思って」
「そーだよ、危ねぇんだよっ!!こーやって外とか出ちゃいけねーから、出んなよって
ケイホウ出てんだーよっ!!」
「じゃなくて!」
「んだよ?!」
「うさぎが・・・・・・」
「うさぎぃ?!」
また、突然、意味分かんねぇ言葉が飛び出して来て、思わず叫んじまう。
「うさぎがどーしたっつーんだよっ?!」
「うさぎ小屋のうさぎの巣の中まで水が入って来たりしたら、うさぎ死んじゃう・・・・」
最悪のケースを思い浮かべたのか、ゴローの目が雨に濡れたみたいに、うるうると水が
溜まって来て。
「だから、うさぎ助けてあげようと思って」
マジかよ、って。
だってよ・・・・
ゴローのヤツ、ほんと怖がりの弱虫で。
オンナどもだって「可愛い〜〜〜vv」とか言って、追っ掛け回して抱き上げたりしてる
うさぎの事、「噛み付かない?」「蹴飛ばさない?」「引っ掻かない?」とか言って、
散々、怖ぇっつって、飼育小屋ん中に入る事だって出来なくて。
シンゴのヤローにからかわれた事だって1回や2回じゃねぇのに。
なのに、そんなうさぎ、助けるために、大っ嫌ぇな雨ん中を幼稚園に行こうとしてんのか?
「ママに言ったらダメって言われて。うさぎさんはちゃんと自分達で自分の事を守れるから
大丈夫って。でも、それって野生のうさぎの場合でしょ?あんな風に囲いの中で、鍵、
掛けられたままだったら、どこにも逃げらんないんじゃない?!だから・・・・!!」
必死になって言い募るゴローは、あんまりにも一生懸命になってるせいか、薄っすらと頬に
赤味を帯びて、何かそんなゴローの顔がいつもより綺麗に見えた。
男に綺麗って変だって思ったけど。
でも、その時、俺が感じたゴローの表情を他のどんな言葉で説明していいのか分からなくて。
「わーったから。俺も一緒に行ってやるから」
「ほんと?!」
途端にゴローの顔にキラキラの笑顔が浮かんだ。
「一人だと心細かったんだよね。ママに言うと叱られそうだったから、黙ってこっそり
出て来ちゃって。さっき、ヒロちゃんに手、掴まれた時はママに見つかったのかと思って
ビックリしちゃって」
俺が一緒な事で安心したのか、ゴローがそんな打ち明け話を聞かせて。
「ほんとはさ、一人で上手く出来るかどうか凄く不安で。僕、うさぎ抱いた事もないし、
うさぎも僕が怖がってる事、きっと分かるはずだから、そうしたら、うさぎの方も怖がって、
攻撃とかして来たりしたらどうしよう、って」
心底、その事が不安だったらしいゴローが全身で大きくほぅっ、と息をついた。
「おめぇ、良くそんなんでうさぎ、助けようとか思うよな」
俺なんかよりもてんで弱っちくて、いっつも俺が助けてやんなきゃなぁんも出来ねぇんだ
思ってたはずのゴローが・・・・・
一人でそんな事、しよーとしてた事がすげー事に思えて。
何か、こう・・・・・・
心臓がドキドキする感じがした。
感動するって、こんな感じなんかも知んねぇ、って。
ちょっとそんな事も思って。
けど、そんな事、ゴローに知られんのはハズィし。
だから、わざと。
呆れた風で。バカにした風で。
こいつ、こんなすげーヤツだったんだ、って。
ちょっとだけ悔しくて、素直にその事、認めんのも悔しくて。
「ママに内緒なんだろ?さっさと行って、さっさと帰って来ようぜ!!」
俺はゴローの腕を掴んでいた手をずらして、そのまま、ぎゅっとゴローの手を握った。
「うん!」
きらっと瞳を輝かせて、ゴローが大きく頷く。
それはいつも俺が知ってるゴローで。
俺はほっとして、ちょっとだけ大きく息をした。
幼稚園に着くと、門には鍵が掛かってて。
けど、その鍵は中から開けられる事を俺は知ってた。
幼稚園の門は鉄の棒で作られた柵みてぇになってたから、高さはちょっとあったけど、
登って登れねぇ事はなさそうで。
鍵が掛かってる事を知って、今にも泣き出しそうに表情を曇らせたゴローに
「任せとけって。俺がちょっとこの門、登って中から開けて来てやっから」って。
傘を放り出した俺にビックリしたようにゴローは慌てて
「ヒロちゃん?!それじゃヒロちゃんが濡れちゃうよっ!!」
って叫んだけど。
「へーきだって!どーって事ねぇよ!!」
そう言い返したのにゴローのヤツ、自分が着てた真っ青なレインコート脱いで。
「せめてこれ、着なよ。少しはマシだよ、きっと」
って、俺に着せ掛けて来て。
「サンキュ。そんじゃ借りんな」
ゴローの着てたそれを着て、門を登り、中から鍵を開けて。
うさぎ小屋の鍵を取るために、幼稚園の職員室に入って行ったら、先生が居て、すんげー
驚かれて。
こっちもまさか先生が居るなんて思ってねぇから、すんげービビって。
ゴローなんか半泣きで。
「ゴローくん?!ヒロちゃん?!どうしたの?!今日は幼稚園はお休みよ!!門に鍵が
掛かってたはずなのに、どうやって入って来たのっ?!」
驚いた先生のでっけー声の質問に、ビビって口も利けねぇゴローの代わりに俺達がここに
来た目的を説明したら・・・・・
いきなり、先生に二人してぎゅっ、と抱き締められた。
「ありがとう・・・・うさぎさんの事、そんな風に心配してくれてありがとう」
って。
俺達二人をまとめて抱き締めたまま、そう言った先生の声はちょっとだけ震えてた。
そして、その後、その気持ちは嬉しいけど、ママに黙って出て来たりしたら、ママが
どんぐれぇ心配すっか、って話を懇々と聞かされて。
もう、ぜってぇ、こんな危ない事はしない、って約束させられて。
速攻、家にも連絡が行って先生が「もう少ししたら、ちゃんとおうちまでお送りします」
って母親達に話してんのが聞こえた。
「少し休憩したらおうちに帰りましょうね?」
そう言って先生は甘くてあったかいミルクを入れてくれて。
「先生?うさぎは?大丈夫なの?」
ここに来た一番肝心な事を問い質すゴローに
「ほら、そこ・・・・」
先生はにっこり笑って職員室の隅を指差した。
そこには狭っ苦しいケージの中で、窮屈そうに小さく身体を丸めて、時折、思い出した
みてぇに耳、ぴくぴくって動かしたり、足で耳の後ろ掻いたりしながら、うとうとしてる
3匹のうさぎの姿があって。
両手で包むようにして口元にカップを近づけたまま、ふんわりとした柔らかな笑顔を
浮かべたゴローが、ほわほわと温かな湯気の向こうに見えて。
俺は何か嬉しくて・・・・嬉しいはずなのに鼻が痛くて・・・・目が熱くなって・・・・
そんな自分にびっくりしてぎゅ、っと眼を瞑って、ゴクゴクって一気にミルクを飲み干した。
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