「ゴローちゃーん、あーそーぼー♪」
語尾に確かに音符のついてるリズムの大声が、玄関からここまで響いて来て。
「あ、シンゴだ」
きゃいきゃいとけたたましい黄色い声の姉ちゃん達の玩具にされて、なのに、その事を
ぜぇんぜん嫌がってる風でもなく、
「わぁ、可愛いvv」
「似合うぅ♪」
「ねぇ?これは?これも可愛いんじゃない?」
「ねぇねぇ。こっちも。こんなのも似合うわよ、きっと」
なんて。
散々、ファッションショー宜しく、着せ替え人形みてぇに、いろぉんな格好させられて
喜んでるゴローが、姉ちゃん達の手を意外なほど、見事にすり抜けて、パタパタと
玄関へ走って行く。
「あ、バカ!ゴロー!!止めろって!!」
俺が止める声なん、てんで耳に入ってねぇ。
俺がちょっと前にここに来た時も・・・今みてぇに姉ちゃん達の手をうまぁく、すり抜けて
玄関まで走り出て来たって訳だもんな・・・・
そん時の衝撃を思い出して。
けど・・・・俺は慣れねぇオンナの大群の黄色い声と甘ったるい匂いと、半端じゃねぇ
押しの強さと、厚かましさと・・・・
そう言うモロモロのモノに既に疲れ果てていて、今更、玄関にゴローを追っ掛けて、止めに
行く根性さえ残ってねくて・・・・・
そして、俺はそん時に死に物狂いででも、這ってでもゴローを止めるべきだったんだ、と
後で死ぬほど後悔する事になる、なんて事をこの時はまだ知らなかった。
「えぇぇぇぇぇ?!」
案の定な叫び声が玄関から響いて来る。
そして・・・・
「おぉぉぉぉぉ?!」
驚愕の叫び声とは全然、別の・・・・妙に感動的にさえ聞こえるそんな唸り声まで聞こえて
来て・・・・・
え?!と頭の中で何かイヤなモノを感じた。
今の声・・・・?
「かぁいいぃぃぃvv可愛いじゃん。めっちゃくちゃ、かぁいぃぃぃぃ。やべ!!
ちょぉ、やべぇよっ!!俺、ちょっと今、やべぇって!!」
続いたセリフに俺は疲れ果てていた事なんか、一瞬で地球の果てまでぶっ飛んで、転がる
ようにして玄関に飛んで行き。
すっげータイミングの悪ぃ事に、タクヤのバカがぎゅーーーーっ!!と渾身の力でゴローを
抱き締めるその瞬間をしっか、と見せつけられてしまった。
「おらぁっ!!おめぇ、何やってやがんだよっ!!ふざけんなぁ!!ゴローから離れろっ!!
その手、離しやがれっ!!」
俺の喚き声に、それまで呆気にとられていたシンゴが、ハタ、と我に返ったようで。
「そうだよ、たっくん!!独り占めなんてずるいっ!!俺にも替わってよっ!!俺も
ゴローちゃん、ぎゅうってしたいっ!!」
・・・・・は?
しかも、シンゴだけかと思ってたら、その陰にツヨシも居て。
「タクヤぁ!!いい加減に手、離せよぉ!!ゴローちゃん、苦しがってるだろぉ!!今度は
僕の番だぁっ!!」
ツヨシが妙なテンションでキレてる・・・・
ほぉぉぉぉ・・・
タクヤ呼ばわりかぁ。おんもしれぇ。
心の中でにやにやと笑いを浮かべたのと、ほとんど同時にタクヤがふと、ゴロー越しに
ツヨシに視線を合わせた。
「タクヤ、だぁ?」
ドスの効いた鋭い声に、妙なテンションでキレてるツヨシが真っ向から挑む。
「お前、タクヤだろぉ。タクヤをタクヤって呼んで何が悪いんだぁ?!」
くくくく。そぉーだ、そぉーだ、もっとやれぇ!!
心の中で剛にエールを送りつつ、それでも、ぜってぇ、あのバカにツヨシが敵うはずのねぇ
事も分かりきってて。
「ほぉぉぉ?いい根性してんじゃん。お前、もしかして、今、俺にケンカ売ってる、とか
言う?!」
いけぇ!!そぉーだ!!やれ、やれぇ!!
不穏なエールを内心で送り続けてたら。
「ちょっと・・・ケンカはダメだよぉ。仲良くしようよ」
タクヤの腕の中でもぞもぞと動きながら、どうにか、ゴローがそんなセリフを吐きやがって。
ぱっと見、完全、ぶっちぎりにかぁいいオンナに見えるゴローの、頼りなぁい、弱々しぃ
声は、一瞬にして、周囲のヤローどものハートを骨抜きにしちまったみてぇで。
「・・・・・ゴロウがそう言うんだったら・・・・しゃーねぇよな」
「ごめんね、ゴローちゃん、僕達、別にケンカとかしようとした訳じゃないんだよ」
・・・・って、あれは思いっきりおめぇがタクヤにケンカ売ってるようにしか見えんかった
けどよぉ・・・・
「うん。みんな仲良くしてよね?」
うるうると。既にちょっと潤み掛けた目で、こてん・・・と首なんか傾げられた日にゃあ
・・・・・
ゴローの周りでヤローどもがどろどろと溶けてく感じがする・・・・
バカかよ、こいつら・・・・
俺は盛大な溜息をついて、玄関前の廊下であぐらをかいた。
「で?こっちがゴローちゃん、て事は・・・向こうはもしかしてヒロちゃん?」
妙に冷静なシンゴの声に、俺は視線が一気に集まるのを感じて。
ぱぁ・・・っと、一瞬で顔が赤くなるのが分かった。
やっべぇ!!慌てて飛び出して来て・・・・そのままの格好だった事、忘れて、た・・・・
「ヒロちゃん、っつーなっ!!っつってんべ?!俺の事、そう呼んでいいんはゴローだけ
なんだよっ!!おめぇらはナカイって呼べっ!!っつってんべ?!いつになったら覚えん
だよっ!!ばっかじゃねぇのっ?!あったま、わっりぃ〜〜〜!!」
精一杯の虚勢を張って、ヤツらを睨みつける。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」
タクヤのバカのバカ笑いが勘に障る!!
「お前。お前、やっぱ、かぁいいよなぁ!!ゴローに負けてねぇじゃん?!何、二人して
ゲーノーカイとかデビューしちゃう?ダブルユーでぇすっ!!とかぁ?!」
むっかつくぅ!!
完全にバカにしやがって!!
ゴロー見た時と、随分な態度の違いじゃねぇか!!
「うん、ほんとだ・・・・可愛いよ、ヒロちゃん」
すっげーマジな顔で頷くツヨシが・・・・怖ぇえんだけど?
「俺、ヒロちゃんでもいいかも。ヒロちゃんでガマンする。ヒロちゃぁぁぁんっ!!」
いきなし。
玄関からシンゴのバカが飛びついてきやがって!!
思いっきり、ゴン!!ってローカで頭の後ろぶつけて、目から火が飛ぶ。
「いってぇっ!!何、しやがんだ!!てめぇ!!手ぇ、離しやがれっ!!ぬわぁにが
ヒロちゃんでガマンする!だっ!!ふざけんなっ!!」
体格的には圧倒的に負けてっから、こっちは卑怯を承知で、オトコの急所にケリを入れて
やる。
「ぎゃんっ!!いったぁい!!ヒロちゃん、酷いじゃん!!勃たなくなったらどうして
くれんの?!」
股を押さえて、のた打ち回りながらシンゴのバカがしょーもない事抜かしくさって。
ヨーチエンジがおっ勃って堪るかっつーの!!
ほんと、しょーもねぇ知識だけはホーフなんだよなぁ・・・・
ジョーホーシャカイだかんなぁ・・・・
くっだらねぇ思いに耽ってたら、ふと、その場に似つかわしくねぇ、ほわほわとしたかぁいい
声が聞こえて来る。
「たたなくなる、って?何がたたなくなるの?」
きょとん、と。
不思議そうに目をくりくりさせて。
かくん、と首なんかも傾げて。
こういう時のこういうゴローが怖ぇぐれぇかぁいくて堪んねぇんだけど・・・
今はおちおち、それに浸ってるバアイでもねぇか。
一瞬にして、ぴきーん・・・・と固まってしまったこの空気をどうすりゃいいんだ?
こいつ以外はみぃんなオトコ兄弟に囲まれて、オトコ社会ん中で生きて来て・・・っつっても、
タクヤもシンゴも一番上のはずで・・・・
兄ちゃん達から、いろぉんなロクでもねぇ知識を伝授され捲くってる俺とは、また、立場
とかちげぇけど・・・・
ツヨシにしたって、やっぱ、なぁんかちゃぁんと分かってるっぽくて、びっみょーに顔
とか赤くしてっし。
「ねぇ?何がたたなくなるの?どこがたつの?」
それぞれの顔をそれぞれに見渡して、ゴローはその答えを待っている。
「あーと・・・そぉだなぁ・・・えっとぉ・・・ゴロウがもうちょっとおっきくなってぇ。
ショーガッコーの5、6年ぐれぇになったらぁ・・・俺が色々と教えてやるよ。そーゆー
事とかも含めてイロイロ」
タクヤの目が妙な風に光ってる。
コイツ、ゴローに一体、何、教える気だよ?!
「バッカ!!下んねぇ事ほざいてんじゃねぇよっ!!んな事ぁなぁ、人に教えてもらう
よーな事じゃねぇんだからなっ!!」
「学校とか行くようになったさ、ちゃんと習うって言ってたよ、近所の兄ちゃんが」
マジメな顔でツヨシがそう説明すんの、聞いて。
・・・・・こいつ、近所の兄ちゃんとどんな話、してんだよ?
って、ちょっとだけ怖くなる。
「・・・・ふぅん」
分かったような、分かんねぇような顔で唸ったゴローは、それでもなぁんか恨めしそうに
俺達を眺めて。
「でも、みんなは知ってるんでしょ?何で?何で僕には教えてくんないの?」
その事が納得行かねぇらしいゴローが食い下がってきやがる。
こいつもなぁ・・・・
妙にガンコだもんなぁ・・・・
「そーだよねぇ。別に隠すような事でもないじゃん。俺が教えてあ・げ・る」
痛みにのた打ち回ってたはずのシンゴが、突然、復活して来て。
「勃つって言うのはね、チ・・・・」
「「「わぁぁぁぁぁっ!!」」」
ものの見事にシンクロした、俺とタクヤとツヨシの絶叫。
「もう!うるさいわねぇ。何、玄関で大騒ぎしてんのよ?!」
突然、姉ちゃんの声が俺達のすぐ後ろでして。
じゃれ合ってた俺達は、揃ってギギギ・・・と油の切れかけたロボットみてぇな動きで
姉ちゃんを見上げて(ゴローを除く)。
・・・・・もしかして、今の俺達の話、聞いてた、とか言わねぇよな・・・・
そんな思いに一縷の望みを託し掛けた俺だったが。
「アンタ達、ゴローにつまんない事、教えるんじゃないわよ。ゴローは私たちの天使なん
だからね!穢れて欲しくないんだからっ!!」
・・・・実の弟を天使呼ばわりする姉ちゃんも世の中、珍しい、とは思ぉけど。
それでも、姉ちゃんのゴローを穢したら承知しないぞオーラの余りの凄さに、俺達は
うんうん!!と物凄い勢いで頷いていて。
「えー。なんでぇ?教えてよぉ!!僕だけ知んないなんてつまんないよぉ!お姉ちゃんも
知ってるの?ねぇ、ねぇ、ねぇ!教えてよぉ」
姉ちゃんの腕を掴んで甘えるようにぶんぶんと振り捲くるゴローに姉ちゃんは。
「この子達と友達で居たい?」
姉ちゃんは極めてマジメな顔で厳かにそう切り出す。
「うん」
素直に可愛く頷くゴローに姉ちゃんは更に。
「だったらね、もう、この話はお終い。これ以上言ったら、もうこの子達とは絶対に
遊ばせてあげない」
「えー・・・・」
不満そうに唇を尖らせて、ぷぅ、っと頬を膨らませて。
ちょっとの間、姉ちゃんを恨めしそうに見上げていたゴローは、どうせ、姉ちゃんの
言う事に逆らえない、と判断したのか、
「・・・・分かったよ。もう、聞かない」
渋々、姉ちゃんにそう約束して。
「ねぇ、ねぇ、アンタ達、ゴローのお友達よね?上がって行かない?」
姉ちゃんの目がキランと光った気がした・・・・
「「「あ、はい」」」
今のゴローとのやり取りを見守っていた3人は、逆らう事さえ思いもつかないように
同時に頷く。
「あらぁ、ゴローちゃんのお友達ぃ?」
「ねぇ、君、カッコイイよねぇ」
「ゴローちゃんのお友達って、みんなそれぞれに個性的な魅力があるって言うか」
「類友よねぇ」
「あっ!お雛様ごっこしよっか?」
「「「「は?」」」」(除くゴロー)
「君がお内裏様、かなぁ」
・・・・ご指名に預かったのは、まぁ、悔しいけど、当然だよな、のタクヤ。
「君は左大臣ね」
・・・・そう指されたのはシンゴ。
「じゃあ、君が右大臣って事で」
・・・・これがツヨシ。左大臣と右大臣の違いって、全然、分かんねぇけど。
まぁ、どっちがどっちでもあんま、変わんねぇんだろぉけど。
「お雛様は?」
・・・・・・・・・
何となくゴローと目が合う。
にこり、と。
何が嬉しいのかゴローがかぁいい笑顔を浮かべて。
「そりゃあ、ぜってぇゴロウ!!ゴロウに決まってんじゃん!!ナカイはダメだろぉ?!
口、悪ぃし、態度、悪ぃし。可愛げって点で、ぜってぇ、ゴロウ!!」
すっかりその気になってそう主張するタクヤのヤツに俺は既にして戦意を喪失していて。
好きにしてくれ。
俺ぁ、やりたくてこんなカッコしてんじゃねぇんだからよ。
喜んでやってるゴローにしといてくれていいから・・・・
「じゃあ、二人にしよう!ゴローとヒロちゃんと、二人がお雛様ね。君、両手に花だよぉ。
嬉しいでしょ?」
姉ちゃんが高らかに宣言する。
ちくしょー!
ちくしょーー!!
ちっくしょぉーーー!!
金輪際、ぜってぇ、ぜってぇ、ぜぇーってぇーにっ!!
ひな祭りの日にゴローんちになんか来ねぇかんなっ!!
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