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さすがおフランス。
海辺にも街中にも綺麗なお姉ちゃんいっぱいいるし、映画祭やってるから賑やかだし。
フィルムが届かなくて会見が延期になったりしてスタッフは色々慌ててたけど
俺的にはラッキー。
一日オフが転がり込んできてカンヌまで来たからには……って思った俺は一人でぶらぶら歩き回ってた。
ショッピングして本場のカフェで一服しようと思った時に目についた店。
脇道にちょっと入ったところにあった小さな店で、混んでないのもいいなと、その店に入ったんだけどさ。
観光地のわりにここの店員、英語で話しかけても無視しやがんの。
…どうせベラベラじゃねぇけど。
メニューみて注文してる間もコーヒー持ってきた時も、なーんか高飛車っつうか。
ま、仕方ねぇなって思いつつ、店先の席でお茶してた。
ドン!
「うわっ!」
ガシャン。
背中に誰かが当って、俺は持っていたカップを落としてしまった。
俺にぶつかった金髪の兄ちゃんはちらっとこっちを見ただけで、知らん顔してずんずん歩いていく。
おいおいおい。ごめんの一言もなしかよ。
「…ったく」
あんまり堂々と歩いていくから、声もかけられないで唖然と見送ってしまった。
それでも、もうほとんど中身は無かったんで服とかは汚さないで済んだ。
でも当然カップは割れてしまった。
「やべ」
奥からさっきの店員がすっ飛んできて、俺に向かって凄い剣幕で…多分文句を…言い始めた。
当然フランス語。何言ってんだかわかんないだろ!
はいはいはい。だーから俺がわざとやったんじゃねぇっての」
やけくそで日本語で言い返す。引いたらつけ込まれんじゃねぇかって気もしたし。
だんだん俺も腹がたってきて声もでかくなる。
…さすがにちょっとやばいんじゃないか。
そう思い始めた時、わかる言葉で話しかけられた。
「あのー、何かお困りですよね?」
日本語にほっとして(一瞬、聞き覚えのあるような声だと思った)振り返った俺は、また唖然とした。
え?…………なんでお前がここにいんの?
「もし宜しければ、僕が通訳しましょうか?」
「…吾郎?」
にっこり笑って言った相手を俺はまじまじと見つめてた。
あんまり俺が凝視するもんだから彼もさすがに驚いたらしい。ちょっと引き気味に、おずおずと尋ねてきた。
「あの、どうかしましたか?」
「……もしかしてドッキリとかいうんじゃねぇだろな。吾郎?」
「はい?ええっと…すいません。人違いだと思いますが」
「………」
確かに。だって吾郎がここにいるわけない。
出発する日に「行ってくるぜ!」ってメールしたら、「お土産よろしくね♪」って返事が返ってきたんだ。
と、思い出してたら店員が俺の肩をつかんで振り向かせた。
そうだよ。とにかく問題はこいつ。
「あ、あんたさ。通訳してくれるんだよね。頼むよ」
吾郎に…違う、吾郎そっくりの彼に頼み込んだ。
「あーホントに助かったよ。ありがとう」
「いえ、ちょうど通りかかったものですから。困った時にはお互い様です」
彼のおかげでなんとかコーヒー代+多めのチップを渡してなんとか店から脱出した俺は
表通りの別の店でコーヒーブレイクをやり直してた。
お礼をしたいから…と言って彼を誘って。
もっともお礼だけが目的じゃない。吾郎そっくりの彼にも興味があったから。
彼が流暢なフランス語で店員にオーダーするのを見ると、それが当たり前に見えてくるから不思議だ。
いくらワインが好きだからって、吾郎はフランス語どころか英語だってべらべらじゃない。けど。
「……どう見ても吾郎じゃんかよ」
顔はそっくり。ただ何年か前の吾郎みたいっつうか、もっとクールな感じ。
縁なしの眼鏡をかけているけど、最近は吾郎もかけてたりするからそんなに違和感はない。
髪は少し短くて吾郎ほどくるくるじゃないかな。
それといかにも吾郎が着そうなスーツに細身のネクタイ。
上から下まで観察していると、彼が困った表情をする。
「あのう、僕の顔に何かついてますか?」
「や、そうじゃなくて俺の良く知ってる奴にそっくりだもんで」
「ああ、さっきの。ゴロウ…とか仰ってましたね」
頬に手を当てて考え込むようなしぐさをする。……まんま吾郎だよ。
「そいつ稲垣吾郎っつうの」
そう言ってふと気付く。こいつ、俺が誰かってわかってない…?
「へぇ。そんなに似ていますか」
不思議そうな顔をしてる彼に恐る恐る尋ねてみた。
「あのさ、俺のこと知らない?」
「はい?どこかでお合いしましたか?」
首を傾げる彼。気がついてないのか、それとも。
「俺、木村拓哉っていうんだけど」
「キムラさん……?すみません。思い出せなくて」
気がついていないどころじゃない。俺のことを知らないらしい。
すまなそうに頭を下げる彼に慌てて声をかける。
「あ、ええっと君が吾郎じゃなかったら、今日が初対面だから。そんなに謝らないで」
「はぁ」
「君は…?」
「はい、伊達徹と申します。どうぞよろしく」
にっこり笑って差し出された左手を握りかえしながら、ふと思った。
こいつも左利きなのかな。
「それで木村さんは観光ですか?」
「や、観光っつうか仕事っつうか」
「そうですか。僕は仕事で。あ、スイスの会社で映画雑誌の仕事をしております」
「へえぇ。かっこいいっすね」
「いやいや、そんなことありませんよ」
……なんとなく調子が狂う。見た目も声も雰囲気も良く知っている吾郎そのものなのに
口調が違うだけでこんなに違和感を感じるものなんだ。
「木村さんはどんなお仕事をされているんですか」
「あ、俺はー、芝居とか歌とかいろいろ」
「俳優さんですか?もしかしたら映画祭に参加されてるとか」
「うん。まぁそう」
驚いたように目を丸くした彼は何か考え込んだ。
ちょっといたずら心を起こして俺は彼を覗き込む。
「一応SMAPなんだけど」
「……すまっぷ?」
きょとんとした顔の後、ハッとしたように俺を見返した。
「木村拓哉さんって、あのウォン・カーワイ監督の映画に出演された方ですか!」
「うん。そう」
にやっと笑った俺に彼はいっそう慌てたらしい。
「申し訳ありません!気がつかなくて。いや、その、僕はずーっと海外生活だもので日本の事に疎くて…」
「ずーっとって、どのくらい?」
「はい。もう20年近く。フランスとかイギリスとかスイスとか」
なるほど。それならフランス語ベラベラでも、俺のこと知らなくても当たり前か。
俺も納得した。
「それなら仕方ないよ。俺がデビューしたの伊達さんが日本にいない頃だもん」
そう言って笑った俺に、ホッとした様子で彼も微笑んだ。
それからこの辺りのこととか教えてもらったり、仕事のこととか色々話をした。
初対面のはずなのに話が弾んで楽しかったのは、やっぱり吾郎そっくりだからなんだろう。
マネージャーに会わせたらどんな顔するかな…。
そう思ったら実行したくなった。
これから仕事があるという彼に、もしよかったらとパーティーへ誘ったら「残念だけど」と断られてしまった。
仕方ないから泊まっているホテルと部屋番号を伝えてそこで別れた。
でも結局、彼からはその後連絡もなく、俺も取材にパーティーに…と忙しくなって。
あっという間に日本へ帰る日になってしまっていた。
なんだったんだろな…あれは。
帰国してあれから日が経つにつれて夢でも見てたんじゃないかって気がしてくる。
もしかして吾郎が手の込んだいたずらをしたのかなーっとか。
……んなワケないよな。
彼に会ったことは誰にも言ってなかった。なんとなく信じてもらえそうになかったから。
久々に顔を会わせたスマスマの収録日。前室で頼まれてたお土産を吾郎に渡しながら
初めて他人…吾郎本人に打ち明けた。
「木村くん、いいなぁ」
「はぁ?」
「俺もその人に会ってみたかったよ。写真とかないの?」
「ねぇよ」
吾郎なら信じてくれそうな気はしてた。それにしても楽しそうだな、お前。
「世の中には3人似た人がいるっていうの本当なんだねぇ。あ、それともドッペルゲンガーかな」
「なんだよそれ」
「自分そっくりの分身で、その人に会うと死んじゃうんだって」
「は?やべぇじゃんかよ」
ぎょっとした俺に吾郎は笑った。
「そだね。とりあえず、お土産ありがと」
「おう」
丁度その時、スタッフが吾郎を呼びにきた。
吾郎は前室から廊下へ出るところで立ち止まって振り返る。
「ね、知ってる?木村くん」
「何が」
「伊達徹ってね、俺が前に演ってた役名なんだよ」
「…え?」
にっこりと吾郎が笑った。どこか底の見えない笑みで。
「それとビーチサンダルでカフェは止めた方がいいんじゃない?」
「!?」
ぎょっとして思わず立ち上がる。そのことは吾郎に言ってない。なんでお前知ってるんだよ。
「店員に怒鳴られて、あせってる木村くんもかわいいよね」
なんてつぶやきを残して吾郎は立ち去った。
……マジかよ。
どさっと椅子に座り込む。
とんでもない奴だと思ってたけど…どこまでホントだ?
追求すれば吾郎は「冗談だよ」って言うだろう。
「ま、いいか」
楽しい夢を見せてもらったと思えば。これは俺と吾郎と…彼だけの秘密にしよう。
おかしくなって笑い声をあげた俺を不思議そうにスタッフが眺めていた。
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